霧 1 常闇の王子

 第2回C・NOVELS大賞を受賞したデビュー作の「煌夜祭」(中央公論新社)で、島が環状に連なる奇妙な世界を舞台にして、奇妙な物語を語って聞かせる語り部たちを通して魔物の存在を知らせ、覇権争いも描いてといった具合に、奥深くてそして広々とした物語を送り出した多崎礼が、ハヤカワ文庫JAに新たな居場所を得て、新たな作品を送り出してきた。

 その作品「血と霧1」(ハヤカワ文庫JA、780円)もまた、巻き貝のようになった都市が地中に幾つも埋まっている奇妙な世界を舞台にしつつ、そこに生きる人々に血の明るさであり、鮮やかさであり色といったものの違いから、発現する異能を持たせ、そうした血の違いが階級を生んでいるという設定も乗せ、かくも不思議な世界ならではの、高位の者が立場から来る抑圧に悶え、下位の者が底辺で喘ぐような状況を示しつつ、起こる事件を描いていく。

 最高位が10という血中明度で9という高い位置にありながらも、ライコスという都市国家の最下層に暮らして、血液専門の探索業を営んでいるリロイスという男が主人公。ギィという名の、男か女か分からないくらいに端正な人物が店主を務める酒場の上に居候しながら、持ち込まれてくる依頼をこなしている。その日も、見た目は紳士淑女ながらも中身はどうも違っていそうな男女がやって来て、ひとりの少年を探して欲しいと依頼する。

 どうにも裏がありそうと思い断るものの、しつこくつきまとって来たこともあって、リロイスは少年探しを引き受けることにした。なぜなら少年は極めて高貴な家柄の出身で、下位の者を従えることが可能な血が悪用されては困るといったことがあり、また、リロイス自身に子供を放ってはおけない心理的な事情があったからだった。

 そして始めた探索の果てに出逢ったルークという名の少年とリロイスは、どこか腐れ縁のような関係になってライコスの最下層でしばらく暮らすことになった。以後、ルーク探しを依頼に来たヴィンセントという男とティルダという女は、ルークが舐めて気を失ってしまった謎の血の大本を探して下層に降りたり、雇い主が大切にしていた薬を失ってしまった人物から、代わりになるものを探して欲しいといった頼みを受けて地上に昇ったりといった冒険を繰り返す。

 そうした果てに見えてきたのは、最下層にあって血中明度9という異常なまでに高い数値を持つリロイスという人物の過去と、そして大いなる後悔。それが解消される日が来るのかがなかなか見えない上に、血の力を根源とした世界で女王による支配を打破しようとする動きも起こって世界は混沌へと向かっていく。

 そこでリロイスはどんな活躍を見せるのか。血が階級を決め、能力を左右する世界に生きる者たちの生き方を知り、地位がある者がそれを振りかざすのではなく、責任を持って統治するような展開に、持たざる者の反抗といった形式に乗らない作者ならではの独自性を感じる。

 ルークという少年の、最初は誰からも認められず反抗し、自分の居場所を見つけて安心し、やがて自分にしか出来ないことをやるべきだと自覚していく“成長”の様子がとても良い。そこに意図的ではなく、能動的ではないけれども寄り添う形になったリロイスの存在が、人は導かれて育っていくのだとも教えられる。リロイスは最愛の存在に出合えるのか。気になる下巻の「血と霧2」の発売を待ちたい。

 あとは地中に巻き貝上の都市が埋まった世界の成り立ちか。SFとしてそうした世界が作り上げられた経緯が明かされることはあるのか。ファンタジーとしてそういうものだと理解しておくべきなのか。どちらであっても物語が持つ重さに変わりはないけれど、探求したい気持ちは前者への関心を煽り、浮かぶビジョンを味わいたい気持ちは後者に寄りかかる。

 それより気になるのがギィという人物の正体。いったいどっちなんだろうか。付いているのかいないのか。これは明らかにされなくても、想像の中でどちらでも楽しめるから良しとしよう。


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