たかまがはら
高天原なリアル


 例えば藤崎し○りや神岸あ○りがニッコリ微笑んで「選挙に行きましょ!」ってテレビCMで言ってくれたところで、ハーイなんて浮かれて選挙に行くだけの行動力を持ったゲームファンがどれだけいるんだろう。別にゲームの人たちを閉鎖的な「お宅」野郎と蔑んでる訳じゃない、ゲームでいくら恋愛願望を満たしてくれるキャラクターだからって、その主張をリアルな世界にまで敷衍させるほどゲームファンは脳天気じゃないってことが言いたいだけ。

 そりゃグッズは買う。「原価八七円の中華人民国製で、売値は九八〇円」のボールペンであってもキャラクターのイラストが付いているとか、ゲームの中でキャラクターの美少女が使っているって言うんなら買ってコレクションに加える、それはキャラクターを核にした架空の世界の中に耽溺する楽しさがあるから。あるいは耽溺している「ダメなヤツ」と嘲弄しつつも浸ってみるメタな快感を覚えたいから。

 けど選挙はあまりにも現実的過ぎて、キャラクターの世界からの逸脱が大きすぎて、浸っている快楽はちょっと味わえない。選挙に行った人には下敷きでもボールペンでもポスターでも、キャラクターグッズをくれるって言うんだったら考えてあげても良いけれど、だからといってちゃんと投票するとは限らない。グッズが欲しくて買ったスナック菓子を食わずに捨てる輩、だもん或いは投票率が上がることによって得する勢力とは逆の勢力に、天の邪鬼にも投票してしまうかもしれない。

 バーチャルアイドルはバーチャルだからアイドルでいられる、って言うのがこの世界での鉄則で、いくら世界に名だたる広告業界は仕掛けようとしたところで成功はおぼつかない。某芸能プロダクションが鳴り物入りで仕掛けようとしたDKなんとかってバーチャルアイドルはその後どこて何してる? 世間はそんな大仕掛けをよそに、マイナーなソフト会社から出たちょっぴり子供には刺激の強いゲームからヒロインたちが生まれビッグな人気を得てしまったくらい。でもってオッサンたちが食指を伸ばし始めた今頃は、きっと別のバーチャルアイドルがひっそり生まれて市場をかっさらおうとしてるんだ。

 だから「高天原なリアル」(霜越かほる、集英社スーパーファンタジー文庫、533円)って小説に描かれる一連の出来事は、ある意味で「バーチャルアイドル栄枯盛衰」の法則に沿ったものだって言えるし、ある意味で小説としての面白さを出すための誇張があるんじゃないかって思える。大学を出てマスコミに入ろうとして果たせなかった神代美代子が、「コボルとパスカルは独学で身につけました」なんて心どころか延髄にもない事を言って潜り込んだゲーム会社で案の定役に立たず、外注先のソフト会社に出向させられて作った1本のギャルゲー「純愛シミュレーション・高千穂学園」から生まれたバーチャルアイドル、「高天原かほり」を巡る顛末の事ね。

 実は小説の主人公は神代じゃなくって別の人、毒島かれんっていう女子高生。何でも母親が二階堂弥生って芸名で活躍する24色の声を使い分けられるベテラン声優で、上手いってだけで最初の「純愛シミュレーション・高千穂学園」の主役の「高天原かほり」役を務めたことから一連の顛末は幕を開ける。売れそうもないってことで出荷制限もされて宣伝もろくすっぽ打たれなかった「高千穂学園」が、開発会社の腕が良かったか口コミで売れ始めでやがて70万本を越える大ヒットになってしまい、オッサンたちが驚き欲の皮を突っ張らせてしまったのだ。

 良い出来のソフトが口コミで売れて、主人公の女の子がバーチャルアイドルとして人気になるって話は藤先が神岸じゃないけれど過去に幾つもあった事。「ゲームは爆発的人気で大増産。続々と繰り出されるグッズはプレミア付きの品薄で、BGMのCDもバカ売れ、六万五千円もする限定品のお人形さんは即日完売」(31ページ)って知らないオジサンならバカかと驚くだろうけど、知ってる人には温さに風邪をひくきかねないくらい、初歩の初歩とも言えるバーチャルアイドル人気、だもんね。

 ところがオジサンたちは舞い上がってしまって降りてこれない。せっかくの人気のバーチャルアイドルを大々的に売り出し一儲けしようと考えた。そこでネックになるのが主演声優の正体が40歳を越えて体型も肥えたおかんだってこと。で目をつけたのが娘の毒島かれんって訳で、骨格が似て声質の近いかれんをおかんの代わりに主演声優「ぶすじま・かれん」として、というより総体としてのバーチャルアイドル「高天原かおり」の声部分を形成するパーツとして、オジサンたちの欲望と策謀渦巻く世界へと引っぱり込まれてしまった。

 木戸史郎なる博通社って東銀座と品川にある日本で1番と2番の代理店を足して割ったような名前の広告代理店で働くいかにも「仕掛人」然とした兄ちゃんが現れ、神代美代子の務める大手ゲームソフト会社の舞があるオジサンたちを取り込んではスタートさせた「高天原かほり大売り出しプロジェクト」。その徹底したイメージ優先の戦略は、死屍累々なバーチャルアイドルの経験を踏まえた上に構築されていて、ある意味での正しさの方を見事に現している。もちろんファンはそんなオジサンたちの蠢動なんて承知の上なんだろうけれど、イメージに耽溺する楽しさもあって「高天原かほり」プロジェクトを支持して市場を支えている。

 でも途中で骨髄バンクへの登録呼びかけを「高天原かほり」が始めた当たりで、リアルな世界との接触があまりにも強くなり過ぎて、骨髄バンクに大勢が登録したって話はその後の驚くべき陰謀へと導く伏線になって小説としての面白さを構成する大切な要素にはなっていても、果たしてそこまでリアルとバーチャルを交錯させるファンがいるんだろうかと醒めてしまう。登録したらグッズでもくれるってんならやっぱり話は別だけどね、登録自体は悪いことじゃないんだし。

 そうは言っても今や何でもあるのこの世の中が、リアルなのかバーチャルなのか判然としづらくなっていることも事実。一生を夢の中だと思って暮らしていたって別にたいした問題も起きなくなっている現代に、バーチャルな世界に現実をも支配されたってたいしたことじゃないと自覚する、或いは意識せずともそうしてしまう人が増えているんだとしたら、木戸の企みもあながち眉を顰める程の絵空事ではないかもしれない。もっともそうなった暁には、物語のようにバーチャルとリアルの激突によって企みを阻止することだって、難しくなっているかもしれないけれど。

 ただただ圧倒的なリーダビリティーを誇る新人のデビュー作らしからぬこの「高天原なリアル」の出来が、翻ってもう1つのバーチャルとリアルの交錯する不思議な感情を読み手に引き起こす。この人本当に新人? 24色の声を持つ42歳のおかん声優じゃないけれど、超絶ベテラン小説家が別ペンネームを使いファースト「高千穂学園」の「高天原かほり=ぶすじま・かれん」よろしく小説を書いたんじゃなのい? 解らないけど例えば「わたしが霜越かほるでーす」って若干16、7歳の女子高生がインタビューに出てきたって、そうそう安易には信じないからね。


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