戴天高校勝利部

 小さくて可愛らしい少年が、美人だけども猛々しくって類い希なる能力の持ち主でもある年上の少女に憧れる。少女もそんな初々しくも純真な少年に好意を寄せる物語。そう聞けば真っ先に浮かぶのは、岩田洋季の「護くんに女神の祝福を!」(電撃文庫)で、アニメ化もされて人気も急上昇。半ばスタンダードとして屹立している。

 それだけに同じだと思われかねない設定の物語を、今送り出すのは並々ならぬ勇気が必要。「戴天高校勝利部」(集英社スーパーダッシュ文庫、590円)という、料理くらいしか取り柄もない少年が、学園1の美少女に憧れる物語を書いた夏希のたねは、だからまさしく勇者に違いない。

 山奥にあって、国家的な一翼を担いながらも表には出ないまま、私立として体力的知能的に優れた人材を集め養成している「戴天高校」に、見た目がまるで女の子みたいに小さくて可愛らしい山本杏梨という少年がが、入学するところから物語はスタートする。校門を入って観たのは、校庭を穴だらけにして繰り広げられた血みどろの闘いの中で、敢然として立ち辺りを睥睨する1人の少女だった。

 「黒曜石のように黒くしなやかな長い髪。モデル体型の細く引き締まった長身、そして縁なしの眼鏡をかけた凛々しい面−すべてが、神の造形物と思えるほど美しかった」(42ページ)。そう描写される美少女に、杏梨はまさしく一目惚れしてしまった。引率の教師に尋ねた杏梨は、彼女が「勝利部」の部長で2年の神薙一花だと聞かされ、是非に彼女とお近づきになりたいと思い、即座に「戴天高校」への入学を申し出る。

 もっとも、暴れん坊を矯正させて、お国の役に立つ人材に育て上げるのが「戴天高校」の影の役割。そんな学校に、とりたてて能力もないごくごく普通の少年が、なにゆえに入学を誘われ、そして入学できたのか。引率の教師によると、子供の頃から変態的な行動を見せて同級生たちから評判だった杏梨の父親を知るその教師が、その学校に勤務していてあの父親の息子だったら、とんでもない人間に違いないと思い込み、矯正のために誘ってしまったらしい。

 「護くんに女神の祝福を!」の場合、少なくともビアトリスという物質を取り扱う能力を持っているから入学を許可され、そして鷹栖絢子との邂逅を護くんは果たした訳で、展開としての蓋然性を持っている。単なる高校生というよりは、高校生未満の少年を「戴天高校」に入学させてしまう展開には、ややもすれば不自然なものを感じて感じられないこともない。

 もっともそこは「戴天高校」だ。一筋縄ではいかない組織だけあって、表にはまだ現れていない杏梨の能力に目を付け、それを伸ばそうと画策したのかもしれないといった想像も浮かぶ。

 何しろ最強が集う「戴天高校」で、9期連続して期末試験でトップをとり続けている「勝利部」の部長、神薙一花が表向きに自分の能力だと標榜しているのが、情報を尊びあらゆる手段を駆使して集めた情報を使って“戦う前に勝つ”こと。杏梨の入学にあたっても、いろいろと動き回っていた可能性がない訳じゃない。その結果として、自分が部長を務める「勝利部」へと杏梨を誘い込んでは部員とし、そして並み居る強豪たちの頂点に杏梨を立たせようとしたのかもしれない。

 実際に杏梨は、最初の期末テストで一花のアドバイスを受けながら難局を乗り越えていく。一花を筆頭に最強の3人が揃った「勝利部」の部員たち、毒薬の扱いを得意としている少女や筋肉の固まりのような少年に並ぶ活躍を見せ、その才覚で立ちふさがる相手を退け一花との最終決戦の場へと駒を進める。ここで一花が裏で何かを画策していたのだとしたら、杏梨をただ一花の手のひらの上で踊らされていたとも言る。どうしてそこまで一花が杏梨に入れ込むのかという疑問も浮かぶ。

 護くんにベタ惚れな絢子とはちょっと立場が違う。「護くんに女神の祝福を!」が人気を呼んだ要因となった、強い美少女に惚れられるという子冥利に尽きるシチュエーションとは、少しばかりの違いも観られる。そこに「戴天高校勝利部」のオリジナリティも伺える。

 もっとも、たとえアドバイスを受けながらも、「戴天高校」に入って来た猛者たちを、機転を効かして撃ち破ったのは他ならぬ杏梨自身の力。その大きさを事前に察知していたからこそ、一花は杏梨を「戴天高校」に誘い込み、「勝利部」へと引き入れたのかもしれない。

 あるいは昔からの因縁から、杏梨を知っていて惚れていた一花が、杏梨を頂点に立たせ、3歩下がってその影を踏まない立場に身を置きたいという、強さの裏に息づく乙女心というものが働いているのかもしれない。今はまだ先輩然としている一花が、追って繰り出されるだろう続編の中で果たして杏梨を相手に骨抜きになっていくのか。期待しつつ待とう。

 緒方剛志の描くイラストは、「ブギーポップ」シリーズと違いポップで可愛らしく、殺伐とした部分はありながらも、全体にラブコメチックなほのぼのとした雰囲気の漂う内容に相応しい。クールで殺伐とした雰囲気を得意としていると見なされている緒方剛志の新境地、といった雰囲気を醸し出す。

 1枚、口絵にある一花が森で賊に絡まられている場面だけは、残酷でシュールな「ブギーポップ」のイラストに通じるクールさがあって、描かれた一花の真一文字に口が結ばれた表情には、なるほど学園でトップの人間だという迫力を感じさせられる。一方で萌え系でポップ系の絵も描けてしまうところが才能の才能たる所以か。

 とりわけ目次に描かれたフリフリでヒラヒラなロリータ系ファッションに身を包んだ“美少女”は、口絵の一花の正反対を行く可愛さを放つ。ちなみ描かれたその“美少女”の正体は……。それは読んでのお楽しみ。兎にも角にもそのビジュアルは強烈で、「萌え落とし」なる言葉がリアルなものとして響いてくる。「萌え落とし」。読めば誰だって経験してみたくなるはずだ。たとえ相手が○○であっても。


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