少年少女

 恋とは不思議なものなのか。不思議だからこそ恋なのか。ねむようこの「少年少女」(小学館、933円)には、そんな恋と不思議の離せず切れない関係が、6編のストーリーによって描かれる。

 もうすぐ亡くなりそうな祖父の、亡くなったら行われる葬式に出るため、田舎にある祖父の家に滞在中のハンナが、男の子を連れて近所を歩いていて見かけた防火用水。眺めながら、かかって来た彼氏のミツヒロと電話している時、男の子がハルナの指にはまっていた指輪を奪い、防火用水の中に投げ入れてしまった。

 理由があるから田舎にいると知っていながら、電話で責めるミツヒロの態度にうんざりし、うまくいっていないミツヒロとの関係を思うハンナ。別れてしまうならもう、指輪なんていらないはずなのに、どこか未練があって捨てきれず、ハンナは防火用水を囲む、上に有刺鉄線がついたフェンスを乗り越えようとしていたその時。自転車で近寄ってきた地元の少年から声をかけられる。

 ハンナを手伝ってくれることになった少年が、防火用水の底をさらっても指輪はなかなか出てこない。次の日もいっしょに指輪を探して、やっぱり出てこず、やがて祖父が死んで葬式になって、防火用水のある場所に行かなかったハンナのところへ、少年が訪ねてきて見つかった指輪を渡す。指輪には金魚がはまっていた。

 学校をきっぱりと諦めてしまった少年に対して、ミツヒロとの関係を捨て切れなかったハンナ。それが、金魚の命を奪ってしまったかもしれない指輪に未練が薄まり、わざわざ探して届けてくれた少年への感情が高まっていく。以前に祖父が放したという金魚が、逝ってしまった祖父に代わって、少女をどろどろした淵から引っ張り上げたのか。そして、優しい少年に目を向けさせたのか。ひと夏の数日の恋をめぐる不思議なできごとが、表題作の「少年少女」に描かれる。

 ファミレスでリポートを書いていた女子大生が、なぜか急にもて始める。美形のウエイターが近寄ってきてメアドを教えてとメモを寄越し、調子の良さそうな男が近寄ってきてご女子大生に馳走を振る舞う。長髪のイケメンもなぜか彼女にご執心。さらに、どこかワイルドな風貌の男が、せっぱ詰まった顔をしながら彼女にクロスを渡す。

 一体何が起こったのか。もしかして直前に引いた占いに書いてあった「恋のビッグウェーブ」が本当に訪れたのか。やがて明らかになった真相。剥がれておちていく恋たち。そこには奇蹟はなかったのか。元どおりにひとりに戻った少女に、それでも再び掛かった声。やっぱり恋とは不思議なものだと、「ファミレス☆ナイト」から感じさせられる。

 飼っていた犬が、ある時を境に人間のように見え始めて、少女の依存を誘う。けれども、それが行き過ぎようとした時に起こった現象が、少女を踏みとどまらせる「ボーダーライン」。いたければ卒業しないで、それこそ老人になっても通えるようになっているマンモス高校に集まる老人たちのうちのひとりが、かつて駆け落ちの約束をしたいと手紙を送り、待っていたけれど来なかったとう少女と再会。彼女はいった誰だ、というところから始まるドタバタから、貫き通す愛の様々な形が見える「県立マンモス西高校」。あり得ない不思議なシチュエーションから、恋する気持ちの切なさが浮かんでくる。

 なんでもかんでもため込む癖のある少女が、彼氏からいい加減片づけてよといわれて片づけはじめたたものの、前の彼氏と再会して生まれた未練の影響からか、しばらく前から床に広がっていた穴の底にため込んでいた自分の物に身をゆだね、少女は現実から消え失せる「トレジャールーム」。これもまた表題作の「少年少女」と同様に、他人に追従したい気持ちと、自分を貫きたい気持ちの間に揺れる恋心が、不思議なシチュエーションを介して驚きの展開へと向かうストーリーになっている。

 古着で手に入れた真っ赤なコートを見て、少女を追いかけてきた中年男。ポケットの中になにかはいっているから返して欲しいと彼に迫られ、突き放して逃げてから少女が見ると琥珀が1つ。高いものかと調べたけれど、たいしたことないと分かり、がっかりしながら眺めていたら飲み込んでしまって、そこから不思議な男性との邂逅が始まる「赤コートのセルマ」。これまた、やっぱり不思議が絡んで恋が引き立つ。

 現実が舞台となったストレートな話に見えて、どこか異世界だったり非現実だったりがのぞくストーリーは、吉野朔実の短編ばかりを連ねたシリーズ「いたいけな瞳」にも通じる興味深さを持って、このガチガチの現実から少しずれたところにある、異界への興味を誘う。ただシチュエーションのシュールさがより際だった「いたいけな瞳」に比べれば、「少年少女」はそれぞれの物語はストレートに、恋を貫く難しさを感じさせられ、恋にまつわる不思議を思わされる。

 読めば誰でも恋をしたくなり、そして不思議を味わいたくなる。そんな短編集だ。


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