スメラギガタリ 〜新皇復活篇〜

 本番はこれからだ。宇野朴人の「スメラギガタリ 〜新皇復活篇〜」(メディアワークス文庫、710円)を読み終えて、誰もがきっと、そんな思いを抱くはずだ。

 飛鳥時代から奈良時代を経て、平安時代に大きくその存在感を増し、占術の類で朝廷を護り、日本を護っていた陰陽寮。鎌倉幕府ができ、武家の世が来てもなお重用されて幾年月、現実とはおそらくは違った権力の変遷をくぐり抜け、現代に近い1984年になってもまだ残って、大いに存在感を示しているという「スメラギガタリ」の世界。

 希代の陰陽師だった安倍晴明の子孫として、陰陽寮を統べてきた土御門家の直系として生まれ、陰陽寮の次代を担うことがほぼ約束されている、土御門晴見という少女が一方の主人公。そして、今はまだ学生の身ながら、家柄とそして実力も示して徐々に力をつけていた晴美に、挑戦してきた少女がもう一方の主人公。

 かつて安倍晴明と争った陰陽師、芦屋道満の子孫で、今は在野の陰陽師として活動をしている芦屋家の娘として生まれた芦屋道代。在野には決して使うことが許されない、式神の力を振るえるくらいの実力を備えながら、土御門を頂点にして権威化した陰陽寮にとっては、疎ましくも邪(よこしま)な存在として見なされ、父母を誹られたことに憤り、また土御門による絶対支配の影で、苦しむ大勢の庶民がいたことが許せず、陰陽寮に対して呪力蜂起を宣言した。

 本来、土御門晴見自信も、硬直してほころびが見え始めていた陰陽寮の風通しを良くして、もっと世のため人のためになる仕事をしたいと考えていた。いずれ自分が頂点に立ったら、真っ先に改革に着手して、芦屋道代のような在野の陰陽師たちとも、協力していく体制を作ろう杜考えていた。いわば道代にとって同志になり得る存在だったが、今の陰陽寮では晴見はまだ駆け出しの身。国家に弓引く道代は許されざる敵で、晴見は術を駆使して道代の挑戦を受けて立とうとする。

 しかし、敵も用意周到で、予告通りに皇室の姫君を衆人環視の中からさらい、そして古から東京の地下に渦巻く怨霊となっていた人物の霊を乗り移らせようとしたものの、なぜか怨霊は姫を避け、姫とともにさらわれてしまった継実夜統という少年の中に入り込んでしまう。姫は帰され、残った夜統と道代やその協力者たちは、晴見たち陰陽寮の追撃をかわし、攻撃をしかけて丁々発止の戦いへと突入していく。

 いわゆる陰陽師物で伝奇物。普通ならここから、安倍対芦屋の1000年を越えての再戦が、術を駆使した激しい異能バトルとして描かれるところを、この「スメラギガタリ」は、戦いは戦いとして描きつつ、それを庶民が知り得ない、闇の世界での出来事にはしていない。

 現代でありながら、誰もが陰陽師の存在を知り、その力を認め、怨霊物の怪の類の調伏を依頼している世界。警察など国家権力に近い存在として陰陽寮を置きつつ、そうした権力が時として見せる横暴に対し、庶民や在野の陰陽師の反感を描き、判官贔屓のメディアも引きずり込んで、どちらかといえば芦屋側を正義とした、オープンな戦いへと持っていく。現代ならではの、異能バトルの繰り広げ方と言えるかもしれない。

 そして、芦屋道代が挑んだ呪力蜂起も、体制を転覆させるためのものではなく、権力に固執する陰陽寮が、誇示する力の拠り所として、マッチポンプ的に護持している存在を消し去って、陰陽寮を引きずりおろそうとするだけのもの。逆説的に平安へと日本を誘う方に向かう道代の行動に、土御門晴見も対面はともかく内心では同意を見せる。

 そんな“共闘”によって平定されたものとは? 江戸が開けるよりはるか以前、板東一円を平定し、新皇と名乗ったものの、討ち果たされたあの武将。物語では、そんな悲運の武将の生涯が、3幕物の浄瑠璃の中で語られて、読んでいるうちに怨霊としてしか今は認識されていないかの武将の、本当の顔が浮かんでくる。

 古い人なら加藤剛が主演し、山口崇や緒形拳、露口茂さらが出演した大河ドラマ「風と雲と虹と」を思い出すかもしれない。あれも伝承としての暴虐さではなく、人間としての純粋さにスポットを当てて、その武将の生涯を描いた作品だった。緒形拳が演じた、こちらは西方の海で反旗を翻した貴族についても、「スメラギガタリ」に登場。同じように実直で純粋な人物として描き、大河ドラマのひょうひょうとして人なつこそうな緒形拳の好演を思い出させる。

 決戦を経て目的を果たした芦屋道代の運命。それは、土御門晴見の手に委ねられた。体面上は権力者と反乱者に別れ、対峙している2人の少女の心に流れる思いはひとつ。それが、いったいどのように重なり合っていくのか。共闘へと傾くのか。やはり相容れないと反発しあい、再びの激闘へと向かうのか。まさしくこれからが本番だ。

 皇室の姫君に代わって怨霊の受け皿となった夜統の境遇と、その血筋にも何やら訳がありそう。そうした部分を解き明かし、出合った2人の少女のこれからを見せてくれなくては、ページを閉じて本を置いた手はそのまま下げられない。続きを。彼女たちと彼らに活躍の舞台を


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