サザンと彗星の少女 上・下

 本を開いて冒険の始まりに心がワクワクし、ページを繰って少女の苛烈な運命に涙をポロポロとこぼし、物語を読み進めて決して諦めない青年の強い気持に胸がドキドキとして、そして読み終えてつかみ取ったふたりの幸せに嬉しくなってニコニコと微笑む。最初から最後まで、そして読み終えてからもずっと感動が感情を揺さぶり続けてくれる物語。それが、赤瀬由里子の「サザンと彗星の少女 上・下」(リイド社、各980円)というコミックだ。

 ひょいと宇宙に出られるようになった時代。地球の青年たちは宇宙に働きに出るようになっていた。それというのも、地球では高性能ロボットや他の星から来た宇宙人たちが仕事をするようになっていたから。ある意味でAIの普及と外国人労働者の流入が進む日本の将来を伺わせる。

 もっとも、サザンという名の青年は、そうした地球から追い出されるようにして宇宙に出稼ぎに行くことを、まったく苦にはしていなかった。「宇宙ってスゲー、ワクワクしねーか?」。そんなポジティブな思考の持ち主が、宇宙にある星で造園の手伝いをしていて興に乗り、終電ならぬ終宇宙船を逃してしまって絶対零度の空間から保護膜で覆われただけの停車場で一晩を明かす羽目となってしまった。そこに通りがかったのが、エアロバイクにまたがった赤毛のミーナという少女。サザンに「困ってんなら乗ってく?」と誘いかけた。

 ボーイ・ミーツ・ガール。多くの物語が傑作へと向かって進んでいった発端が描かれ、そして『サザンと彗星の少女』も大傑作へと発展していく。そこに必須なのが紆余曲折。だ。ミーナと楽しく走っていた宇宙でサザンはミーナを襲ってくる勢力の存在を知る。地球のブタに似た姿をしたキッドという宇宙人がまず現れ、そして、巨大な船を仕立ててミーナを追い続ける敵も姿を見せたことで、ミーナは自分がサザンの傍らには長くいられる身ではないことを改めて感じ取る。危険に巻き込みたくないという思いからミーナはサザンの元を離れていく。

 どうしてミーナはそうしたのか。それはミーナが彗星人だから。とある星で行われた実験によって生まれたミーナは、内部に莫大なエネルギーを秘めていた。それが周囲を破壊することもあったし、取り出そうとして狙う勢力もあった。キッドもそんな一団で、追われ続ける日々に心を傷つけられながら、それでもミーナはサザンの元を去って行こうと決心する。

 もっとも、サザンは誰にも増して諦めが悪かった。身を引くミーナの心の痛み、誰も見ていないところでひとりポロポロと涙をこぼすことがあるミーナの寂しさに気づいたのか、彼女をどこまで追いかけると宣言をして、キッドの船に潜り込み大勢に追われ攻められていたミーナに追いつき助けようとする。感動の再会。その際にミーナが、絶体絶命の窮地にあって強大な力を発揮して、立ち直る姿が描かれる。ずっと虐げられていた。誰からも疎まれ続けていた。そんなミーナを信じて追いかけ追いついたサザンからの信頼にミーナの気持が揺れ動いた。

 もはや相思相愛ともいえるそんなシチュエーションに、後は結ばれるだけといった思いも浮かんだその時、もっと強大な敵が現れミーナを連れ去っていってしまう。これはもう無理だ。さすがに追いつけない。誰もが思ったその瞬間もサザンだけは諦めなかった。たったひとりでもバイクを直して追いすがろうとする。そんなことをしても無駄だとキッドたちは分かっていて、諦めさせようとして、無理だと分かってキッドはサザンに味方をし、誰もが尻込みをするブラックホールの奥へと突っ込んでいく。その好漢ぶりにも感動だ。

 ブラックホールのような空間のその奥にいて、彗星の力を持ったミーナをお宝として狙っていたキッドたちとはスケールも、強さもケタが違う敵を相手に勝てる見込みなんてない。それでも諦めないサザンの頑張りに心が揺れる。一方で、ミーナをさらった謎の存在「アグルダ」がどうやって生まれ、何を思ってミーナを追いかけていたかも描かれて、望まれて生まれながらも疎まれて排除される寂しさに心を痛める。人類を敵に回して立ち上がっても当然かもしれないと思える。

 もっとも、それはミーナも同じ事。強大な力を持たされ、期待されながらも恐れられて追い出されたミーナにとって、他の誰もが敵と感じられて当然だった。けれどもミーナは慈しんだ。愛そうとした。サザンとの出会いがそうした前向きな気持を決定づけた。信頼されること。必要とされること。そして愛されること。そのことによって誰もが居場所を得て、居心地を良くして今を歩いて行こうと思うのだ。

 そんな気持にさせてくれる物語が、500ページ近い分量で、すべてカラーによって描かれている。どこか懐かしい絵柄で綴られる宇宙を飛び越えてのボーイ・ミーツ・ガールの物語から、妨げられても突破して、疎まれても憎まないで、自分を信じ誰かを慈しんで生きようとする大切さが溢れ出す。読めばワクワクと期待してポロポロと泣き、ドキドキと興奮してニコニコと笑うだろう。その先に自分が、誰かを、社会を、世界を、宇宙をそうしたいと思って歩き出すだろう。

 そんな物語だ。


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