スチームヘヴン・フリークス

 「スチームパンク」というと今ではどちらかといえばファッションの用語として使われる方が多いようで、ネットを開くとヴィクトリア時代の雰囲気を持ったコルセットやシルクハットやベストやコートといったアイテムと、金属製の歯車やアナログのメーター、そして蒸気機関には不可欠のシリンダーなんかが組み合わさった独特のスタイルのこととして、画像といっしょに紹介されていたりする。とてもスタイリッシュで、それでいて懐かしさも感じさせるファッションは、ゴシックロリータとはまた違った絢爛さを、見る人に感じさせてくれる。

 もっとも、「スチームパンク」は元々は物語の場所で生まれ育まれていった言葉で、ヴィクトリア朝の蒸気機関が内燃機関にとって変わられることなく発達し、独特の社会や文化を形成していった世界を舞台に繰り広げられるストーリーのことを指して言う。ファッションの方のスチームパンクスタイルで身を固めた人々が、今とはまるで違う蒸気機関や魔術のような不思議な力を集めて操り、大活躍する冒険活劇としてひとつのジャンルを形作って、熱烈なファン層を持っている。

 そんなスチームパンクの物語に、ライトノベルの方向から挑んだ作品も幾つかあって、最近では羽根川牧人の「心空管レトロアクタ」が電気の使えなくなった世界で、蒸気ならぬ心の力を動力にして空を飛び、武器を操って戦うストーリーとしてスチームパンク的ビジョンを見せてくれた。そして小学館ガガガ文庫から出た伊崎喬助の「スチームヘヴン・フリークス」(ガガガ文庫、630円)は、蒸気ならぬ重蒸気という新たな動力源を創造しては、科学者と何でも屋と犯罪者と正義の味方がくんずほぐれつする、エキサイティングでスリリングなスチームパンクの物語を見せてくる。

 舞台はアメリカ合衆国のペンシルバニア州にあって、蒸気天国(スチームヘブン)と呼ばれているビザーバーグという街。その近隣で色濃く発声するミアズマなる謎めいた物質を集めて作られる、重蒸気という物質を動力源にして動く装置が研究開発されているこの街では、科学者や企業で働く人々や一攫千金を狙う者や犯罪者といったさまざまな人間たちによって、善行も悪徳も入り混じった賑やかな毎日が繰り返されている。

 そんな街だからこそ必要とされているのが、何でも屋(スチームシーカー)という稼業。そして物語は、どんな依頼も引き受けてこなすニコラスとザジという2人組のスチームシーカー<バスカーズ>を主人公にして進んでいく。2人は遠く英国から家出して来てビザーバーグにたどり着いた少女を、甘言を弄して誘い込んで皮を剥ごうとしていた犯罪者を撃退したり、ビザーバーグにいるらしい恩師の娘を探しに来た研究者の男を奪い合うような事件に巻き込まれて敵との戦いを繰り広げる。

 奇術師の異名をとるニコラスは何もない場所から武器を取り出し、操って犯罪者を翻弄し、ザジは金属の鎧で全身を包んだ巨体で圧倒的なパワーを振るってあらゆる敵をぶちのめす。そんな2人にも苦手な存在が。<トライデント>を名乗る女性だけのスチームシーカーを率いるウンディーネは、その出自もあって正義感が強く、ニコラスたちが何かよからぬことをしているのではと見とがめ、2人の仕事に割り込んで来る。同じ<トライデント>のサラマンダーは、頭より先に体が動くタイプで、ニコラスたちの事情などお構いなしに突っ込んできては、あたり構わず炎上させる。

 そう炎上。ここで覚えておきたいのは、サラマンダーは炎を操り、ウンディーネは水を凍らせる異能を振るうということ。ミアズマを取り込んでしまった人間には、少数ながら異能が使えるようになるらしい。ミスティックと呼ばれる異能者は、旧弊な地域では魔女と見なされ迫害を受けることもあって、それを嫌気して冒頭の少女は英国からビザーバーグへと逃げてきた。中には異能を犯罪に使うミスティックもいて、警察ではとてもかなわない相手として<トライデント>やニコラストザジの<バスカーズ>といったチームが警察に代わって相手をしている。そのその辺りは、超能力者たちが正義の味方として企業に雇われ、競争しながら犯罪者を取り締まっている設定のアニメーション「TIGER&BUNNY」が思い起こされる。

 誰が見方で誰が敵か分からなくなるような混沌とした展開から浮かび上がってくるのが、かつて権勢を誇った秘密結社の残党たちによる悪の企み。それとも深く関わってくるのが、金属の鎧で全身を覆ったザジという存在で、明らかにされるその真の姿と、過去に受けた苛烈な仕打ちにきっと誰もが驚くだろう。ニコラスやザジ、そしてウンディーネとサラマンダーの<トライデント>はそんな企みを阻止できるのか。スリリングな物語を楽しみつつ、この後にも繰り広げられることになるだろう強力なミスティックたちとの戦いを想像して、続きが出る日を待ち望みたい。


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