双月高校、クイズ日和

 今が満たされていればそれで良い。そんな考え方もあるけれど、でもやっぱり、過去に満たされた思い出を持っている方が、人生はやっぱり充実したものになるんじゃない?

 彼女たちや彼らにとって、それはクイズだった。「千葉県立海中高校」や「浜村渚の計算ノート」といった作品で、青春にある少女や少年の日々を描いて来た青柳碧人が書いた「双月高校、クイズ日和」(講談社、1400円)という物語。双月高校という学校を舞台に、クイズ同好会に集う高校生達がクイズに熱中し、そして満たされていく姿が描かれる。

 始まりはクイズ大会。といっても、それは同じクイズ同好会に所属するメンバーから、夏に行われるクイズの全国大会「ビロード6」に出場する選手を選ぶための予選。土方亜輪紗という少女が、出される質問に逡巡し、競い合うメンバーたちの心理を想像しながら、自分の解答を導き出して、選手の座をつかみとる。

 亜輪紗は、高校に入った当初は、中学から続けてきたテニス部に入っていた。けれども、親友と思っていた奈美江という少女が、選手として嘱望されて練習の機会も与えられ、めきめきと腕前を上達させていくのを横目に、自分だけ置いて行かれたような気になっていた。充実した時間を送っているように見える奈美江。一方で自分は、本当にやりたいことをやっているのかと亜輪紗は思い悩む。

 どうしてテニスを始めたのか。そして続けているのかを考えたとき、そこにテニスが心底から好きだったというのとは違った理由が、幾つも思い浮かんだ。コミュニケーションの道具。居場所を得るための方便。テニスそのものに挫折したことが、そんな程度でしかなかったテニスへの思いを亜輪紗に確認させ、改めて本当にやりたいことはなんだったのかと考えさせる。

 そんな最中、出合ったのが鹿川幸彦という先輩。どこの部活動にも所属せず、たったひとりでクイズ同好会を作り、「ビロード6」という大会に出たいと学校内を歩いて勧誘を繰り返す鹿川の存在を知り、そこで頑張ってみようと亜輪紗は決意する。

 とはいえ、人数が揃わなければ同好会として認められないのが学園物、部活物の常道。「双月高校、クイズ日和」でも、メンバー探しのエピソードが繰り広げられる。さらに、弱い部活が活躍するためにすべきことも、たったひとつ。メンバーが揃った後は、ほとんどが素人のメンバーを鍛える強化の物語が繰り広げられる。

 不良として学校中に名をとどろかせていた、高槻ミサという少女の加入。亜輪紗の美少女ぶりに、これを落としたいと意欲を燃やしたイケメンの下心たっぷりの加入。性格も目的も様々なメンバーたちが、とりあえずはクイズという目的のために集まり、切磋琢磨する様に、理由はどうあれ同じ目標をもった仲間が集う姿の楽しさを感じさせられる。

 亜輪紗のテニス部退部を裏切りと見て、ちょっかいをかけてくるテニス部長にして生徒会長の少女の意地悪。それを頑張りによって退けて、「ヒポクラテス・クラブ」と名乗ったクイズ同好会の進撃は続く。何かに燃える青春ストーリーの熱さがわき上がる。

 さらに、同好会を作ってまで大会に出たいと切望した鹿川の熱意とは裏腹に、空回りする彼の実力をどう判断するかという話も浮かび上がって、物語が進む先を見えなくさせる。医者の家系に生まれ、親から勉強しろを強要され、それでもクイズに未練を残した鹿川の姿を見て、自分に足りなかったものをそこに感じ、助言を与える鹿川の兄の存在が、学生時代に何か熱中する楽しさ、大切さといったものを改めて示す。

 読み終えれば誰もが何かに熱中したくなる物語。そして、今からでも熱中したいと思わせてくれる物語。加えて、そこはクイズ研究同好会が舞台だけあって、ふんだんにクイズが繰り出されて、それらに答えていく楽しさも味わえる。アイスクリームを日本出始めて食べたのが誰なのか。そんな知識を増やしていける。

 テレビのクイズ番組を見ていると感じる、出題されてその答えを誰がいち早く答えるか、それが正解なのかそれとも不正解なのかといった緊張感が、読んでいて浮かんでくるところが、物語をつむぐ上での巧みさといえそう。作者自身が大学でクイズ研究会に所属していた経験が、ストーリーや雰囲気に存分に活かされている。

 キャラクター描写も実に生き生き。美人だけれど男に興味を持たず、ひたすらクイズに熱血な亜輪紗の姿は、百人一首を使った競技カルタに邁進する若者達を描いた末次由紀の漫画「ちはやふる」に登場する千早と重なる、強い存在感を醸し出す。そんな彼女を軸に繰り広げられる、運動とは違った他にあまりない部活動について知る楽しさも、「ちはやふる」と重なって見えて、共に青春の熱さといったものを感じさせてくれる。

 漫画にしても小説にしても、部活物が増えていて、それなりに人気もあって、その分競争も激しくなっている。「双月高校、クイズ日和」はそうした競争の中にあって、存分に魅力を放って、多くのファンを引きつけそうだ。

 ラスト付近で明らかになる、「ヒポクラテス・クラブ」きっての才媛で、大会への選手選びでは出題者を務めた葉山ナツキという少女がとったとある行為を、善と認めるべきかそれとも悪と否定するべきかにやや迷う。クイズというものへのピュアな意識と、熱中することへの敬意とのどちらをとるべきか。歪めてでも認めたい青春の熱情があるのだ改めて知らされる。

 だから、今が青春のただなかにいるなら、それをどうやって燃やすかを模索しよう。既に過ぎた人でも、これから何かに取り組む意識を高めるきっかけにしよう。


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