空ノ鐘の響く惑星で

 「陰陽ノ京」では、他なら立派に主役を張れる安倍晴明の歳を重ねさせ、その弟子たちが魑魅魍魎や怨霊や怪異と戦いつつも、さまざまな恋に心躍らせる目新しい陰陽師物、退魔物の世界を見せてくれた。「パラサイトムーン」では、日本を舞台にした現代版クトゥルーともいえる妖しげな物どもとの戦いを見せてくれた。

 背景を持ち運命を持ち確固とした考え方を持って、しっかりと立ったキャラクターたちによるドラマ性豊かな物語で、ジャンルの異なる2作をともに人気のシリーズへと押し上げた渡瀬草一郎が、これらをのシリーズを脇に置いて新たに挑んだのが、これまたジャンルの違う異世界ファンタジー「空ノ鐘の響く惑星で」(電撃文庫、550円)だ。

 アルセイフという国の国王の4男として生まれたフェリオは、出自もあって皇太子から疎まれ臣下からも避けられ、かといって臣籍へと下るにはまだ早いこともあって親善特使として赴いたフォルナム神殿で、幽霊が出るからと言われて確かめに赴いた、宙に浮かぶ巨大な「御柱」の下で、柱から美少女が現れるのを見つけてとりあえず彼女を自室にかくまう。

 怪我をしていたように見えたものの、傷跡の既にふさがっていた少女を不思議に思っていたのもつかの間、目覚めた少女は周囲に集まっていた人たちが、自分を追う存在だと勘違いして恐れ慌てて神殿を逃げ出し、街へと紛れ込んでは大騒動を繰り広げる。

 少女を探し連れ戻そうとしていた騎士団から、王子の身ながら腕前を見込まれ仕込まれた剣術の腕前を発揮して少女を奪い返し、街に潜んで謎めいた女性の助けも借りてどうにかこうにか神殿へと戻ったフェリオは、神殿には大昔からビジターという外来者が「御柱」を超えて現れるという言い伝えがあったこと、そしてリセリナと名乗った少女もそんなビジターの1人だったことを知る。

 怒ると我を忘れ、動物のようになってしまって手が付けられなくなるリセリナも、フェリオたちの話を聞いてそこが自分のいた世界とは違うことを知り、落ち着きを取り戻してフェリオたちと神殿で過ごし始める。ところが程なくして、リセリナを追って異世界から現れた別のビジターの集団によって、神殿に殺戮の嵐が巻き起こる。

 戦うのは剣、信じるのは神々たちといったファンタジックなフェリオたちの世界に対して、エネルギーを集め打ち出す武器のようなテクノロジーの成果を持って、柱を抜けてやって来た異世界の集団がリセリナを追うのはなぜなのか。異世界から来た集団はフェリオたちの世界をどうしてしまうのか。そして大切な身内を異世界の集団に殺害され、4男でありながら政争へと巻き込まれる可能性がフェリオは一体どん名運命を歩んでいくことになるのか。

 王位をめぐる争いの渦に、望むと望まざるとに関わらず引きずり込まれたフェリオ。凄まじい力を持った集団に追われるリセリナをめぐるバトル。権力の簒奪を目論む神殿の司教によってめぐらされる陰謀。子供の頃にフェリオと暮らした神殿の司祭とフェリオとの意外な再会。さまざまなフェーズで繰り広げられるドラマが、重なり合い混じり合って進む展開の果てに、どんな運命が人々を待ち受け、どんな未来へと世界を誘うことになるのか、興味は尽きない。

 「御柱」が中空にそびえ立ち、タイトルどおり空で鐘の鳴り響く星する不思議な世界の成り立ちも含め、壮大なスケールを感じさせる物語が今ここに幕を開けた。願うはひとつ、中途で別のシリーズへと移ることなく、最後まで物語が書き継がれ繰り出される素晴らしいエンディングに感銘を受ける時が訪れること。そのために今は応援するしかない。


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