そらいろな

 ありふれている、といえばありふれているかもしれない設定にストーリー。だからといってつまらない訳ではない。ありふれているのはそれだけ求める人がいるからで、つまりは面白いということで、一色銀河の「そらいろな」(電撃文庫、590円)はだからやっぱり面白い。

 中学時代には全国大会で優勝したこともある実力を持ったサウスポーの白河祐樹。そのままだったら野球名門校への入学だって楽勝だったはずなのに、大事な左腕のひじを故障して野球から一時撤退。リハビリをして元の速球を投げられるくらいに回復したものの、率いる優秀な監督に感銘を受け、是非にと入部を希望した六甲国際大学付属高校には入れてもらえなかった。

 祐樹が憧れる人物だけあって、六甲大付属の国友監督は祐樹の力も性格も見抜いていた。将来ひじが治ることは承知していながら、野球名門校故に激しい競争の中で、スタートダッシュできない天才が潰れる可能性に配慮して、敢えて祐樹をとらなかった。そんな“親心”を知らず拒絶と受け止めた祐樹は、挫折感に打ちのめされながらも、野球部が出来て2年目という元女子校の北野坂高校へと進学して、そこで野球を続ける気持ちになっていた。

 ところが、監督と名乗り現れたのは現役の高校2年生で、昼間にメイド服を着て野球部への勧誘チラシを配っていた小柄な少女の美原天音。さらりと甲子園を目指そうと誘う彼女に祐樹は、野球で勝つ上で1番大事なのは監督で、だからこそ六甲大付属に憧れた訳で、それがよりによって監督が女子高生では最初から甲子園なんて投げているとしか思えない、ふざけていると感じ怒って野球部の部室を後にする。

 その後はいくら天音が誘っても、頑迷に入部を拒否していた祐樹だったが、中学時代から知っている名選手たちが意外にも何人も北野坂高校に来ていて、野球部に入っていることを知って不思議に思う。そして先入観と偏見によって曇っていた目を見開いて、天音の仕事ぶりと野球部の実力を見定めようとする。

 新興の高校野球部を、経験は薄いけれども知識を持った女性が監督となって率い、その行動力や信念に共鳴して、それなりに実力は持ちながら、野球名門高校にストレートに行くほどではなかったメンバーが大集合。監督の名采配によって場面場面で緻密な野球を繰り広げ、選手たちの潜在能力も最大限に引き出されて、強豪校を相手に渡り合う。

 ひぐちアサの漫画「おおきく振りかぶって」や川原泉「甲子園の空に笑え」と設定的には大きく重なる設定だが、「おお振り」は胸の巨大なOBが監督で、「甲子園」は理屈っぽい女教師が監督で、こちらは身長なら150センチかそこらの現役高校生が監督という違いがある。

 それに加えて、天音が背負っている過去にドラマがあり、意欲に誰もが引っ張り込まれるような熱さがあって、設定など気にせずぐいぐいと読んでいける。強豪校を相手にした緻密な采配ぶりも、「おお振り」に負けずしっかりと描かれていて、文字なのに目の前に野球場が広がるような感覚を味わえる。

 主人公も単にわがままな人間ではなく、自分なりの信念を持って行動していて、だからこそ最初は拒絶し、けれども分かれば全力を尽くす姿を見せてくれて、心惹かれる。誰もが真剣に同じ方向を向いて突っ走る素晴らしさ。目的のために全力を尽くして自分なりに精一杯のことをする快さ。チームがテーマになった物語の良さが、「そらいろな」にはたっぷり詰まっている。

 絵で見せられる漫画と違い、言葉ですべてを語らなくてはいけない分、作者の苦労もありそうだが、そこはもともともとスポーツ小説「若草野球部狂想曲」を引っさげ出てきた作家だけに、分かりやすい上に内容も濃い描写をしっかりと見せてくれるだろう。あとはこれからどんどんと強くなる相手に、あのメンバーでどうやって勝利を掴ませていくのかという部分で、驚きと納得を両立させるという困難をどう描くのかに注目しつつ、これからの展開を期待して待とう。


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