ぼくは始祖鳥になりたい

 「ぼくたちは1人じゃない」−そんな言葉が大流行してからもういったい何年が経つことだろう。宇宙にはひっきりなしにスペースシャトルが行き交い、宇宙ステーションの計画も着々と進んでいよいよもって本格的な宇宙利用が始まろうとしているこの時代に、けれども相変わらず「ぼくたちは1人きり」のままでいる。

 これを寂しいと思うだろうか。寂しいと思って遠く星々に望遠鏡を向け、言葉を送り言葉を集めようとする人たちがいるのは事実だ。幾万幾億幾兆もの星々の中に、1つでも自分たちとコミュニケーション可能な生命体が住んでいると思えば、1人ぼっちでいる寂しさも少しは紛らわせられる。よしんば本当に生命体を確認できれば、寂しさなど立ち所に吹き飛び、まったく新しい世界が開けると信じて星を見続ける。

 けれども星から目を転じて地上を見渡せば、そこには自らを1人ぼっちで寂しいと思うことなど不可能なくらい、人、人、人であふれた町があり、都市があり、国があってこの星がある。人類という大きな枠組みでの孤独感など感じている余裕もないままに、人種であったり家族であったり個人個人であったりと様々なレベルで起こる、別の人種、別の家族、別の個人との厳しい関係を意識させられる。

 現実を見捨て、あるいは現実を超えるために、ただひたすらに星を見上げ、どこかにいる仲間に呼びかけ続けるべきなのか。それとも現実を見据え、現実に身を投じて、このちっぽけな星に住む同じ人類が広大な宇宙、悠久の時間に比べれば実にとるに足らない理由で諍い合うのを、哀しい事実として見つめ続けるべきなのか。1つの答えを少年が、宮内勝典の「ぼくは始祖鳥になりたい」(集英社、上下各1800円)の中で探り当てようとしている。

 幼い頃から超能力少年としてテレビで活躍していたジローは、長じるにつれて仲間たちの超能力少年・少女が次々と脱落していく中で、20歳近くまでその能力を維持していた。けれどもやがてジローも同じ道をたどり、インチキのらく印を押されて表舞台から消え去る。汚名を晴らしたくて、けれどもスプーンを曲げられずにいたジローに、アメリカから手を伸ばして来た人たちがいて、ジローはその話にのった。

 研究所のコードにつながれて、実験猿のように調べられ続けるジローのもとに、ある日2人の男たちが訪ねて来た。1人は巨大な電波天文台で、宇宙からのメッセージを受け取ろうと長年研究を続けていたアイザック・ニューマン、もう1人はニューマンの教え子で、今は宇宙飛行士をしているジェームズ・ビーム。アイザックはジローの脳から出ている電波に興味を持ち、ジムは妖しげな超能力少年に惹かれるアイザックを心配して、アイザックに付いてやって来た。

 研究所でコードにつながれたジローを見て、ジムはジローを砂漠へと連れ出した。砂漠でジローはネイティブアメリカンが自らの解放を呼びかける海賊放送を聞き、DJの声に惹かれて1人砂漠へと歩き出す。恐竜の化石の研究者たちとの邂逅を経て、たどりついたネイティブアメリカンの居留地で、ジローは儀式に耐え、DJの少女と恋におち、独立を呼びかけていた闘士ジャスパーと連れだって中米の反政府ゲリラへと身を投じ、日本でスプーンを曲げていた頃には考えもつかなかった過酷な、けれども生ようと賢明な人々の営みをそこに見る。

 差別と闘い貧困と闘う人々たちに、30年に渡る試みにも関わらず1片のカケラすら手に入れられなかった宇宙との交信など、時間と資金の浪費に過ぎないと映るだろう。そういった試みの意味などまったく理解できず、ましてやそこに夢を見出すことなんて出来はしない。けれども電波天文台で空を見上げ、広大無辺な宇宙をひとたび感じた老人には、同じ人類が争うことなど何てくだらない、何てちっぽけな事なんだろうと映っているらしい。

 そのどちらもが真実だと、立場が違えばきっと思えるに違いない。老人は老人の立場で人類の可能性を信じ、居留地に押し込められたネイティブアメリカンや中米の独立運動に身を投じた人々は、今置かれている立場から解放され、より良い暮らしを求めることこそが1番大切なことと信じている。おそらくは相容れることのない2つの立場を共に経験したジローが、物語の終わり近く、自らを電波望遠鏡につなぎ、脳波を空に向かって発信するエピソードの中で、果たしてどんな結論に達したのか、どちらの立場に惹かれたのか。

 宇宙で宇宙飛行士は神を見るという。ジローも広大にして無辺な宇宙に独りぼっちを寂しく思い、ありうべき神の存在を感じて誰かいるかと呼びかけた。けれどもジローの叫びが老人と同じ純粋な理想への飛翔なのか、それとも巡り見た残酷な現実への絶望から来る逃避なのかが、実は最後までよく分からない。読者として、ジローと同じ途を歩む者たちがそれぞれの立場で、理想と現実のどちらに与し、どこに向かって進んでいくのか、ページを終えてしばらく空を見上げ、それから足下を見おろして、じっくりと考えて行きたい。ジローよりは少ないけれど、老人よりはまだたっぷりと、考える時間はあるのだから。


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