ギルド<白き盾>の夜明譚(オーバード)

 現実のこの世界は当然として、戦国時代のような過去でも、ファンタジー調の異世界でも、人が生きていくためには何かを食べなくてはいけない。感覚ごと入り込めるゲームの世界なら、何も食べなくても暮らしていけるかもしれないけれど、本体の人間が食べないままでいたら、死んでしまってゲーム世界のキャラクターごと消えてしまう。

 そして、食べるためには働かなくてはならないのも、現実だろうと過去だろうと異世界だろうと同じだ。テレビアニメーション化された十文字青の「灰と幻想のグリムガル」シリーズでは、異世界で目覚めた若者たちが、パーティを組んでモンスターを倒して報酬を得て、それで食べ物を買って生き延びていく。同じくテレビアニメとなった暁なつめ「この素晴らしい世界に祝福を!」シリーズでも、死んで異世界に転生した少年が、そこで生きていくために働いてお金を得ようとする。

 モンスターを倒せば報酬が得られるのなら、それなりの技量を持った勇者や剣士や魔法使いにとって、生きていくのは簡単のようにも見えるけれど、たとえば1匹のモンスターを倒してもらえる報酬以上のお金をかけて、武器や魔法の道具を買いそろえていては、会計は赤字になってしまいまうだろう。モンスターがいる場所まで移動する旅費も、道中の食費も考え無くてはいけないのが、経済という原則に縛られた世界のことわり。それはファンタジー世界でも変わりない。

 第11回MF文庫Jライトノベル新人賞で最優秀賞を受賞した方波見咲(かたばみ・さく)の「ギルド<白き盾>の夜明譚(オーバード)」(メディアファクトリー、580円)に登場する傭兵たちのギルド<白き盾>には、剣を振るえば竜でも葬り去る腕前を持ったサムライの男、素早い動きで狙いを付けてモンスターを撃ちまくる砲兵の少女、そして圧倒的な火力を繰り出してモンスターを焼き尽くす火術士の女性といった、近隣でも名を知られた傭兵たちが所属している。

 率いるのは伝説の傭兵「魔眼の騎士カール」の子孫という少女・マリールイズ。これだけの面子ならモンスターも倒し放題で、報酬も稼ぎ放題かと思いきや、赤字続きで経営は破綻寸前。それというのも仕事のたびにサムライは剣の手入れに必要だからと大金を要求し、火術士のエルフは魔力回復薬を作るために必要だと言って、なぜかアルコール度数の高い蒸留酒を大量に求めて来る。

 これではそこそこの報酬の仕事では足が出る。マリールイズがこれまたお人好しなのか、頼まれれば困っている人がいるからと、安い仕事でも嫌といわずに引き受けてしまうからなおのこと、赤字ばかりが膨らんでいく。かといって大仕事は、見せ場の多いストライカーばかりやりたがるメンバーを嫌って、他に誰も来てくれないため人員が足りず引き受けられない。そんな状況にあった〈白き盾〉にやって来たのが、「魔眼の騎士カール」に憧れるレイ・ブラウンという少年だった。

 カールの子孫らしいマリールイズと出会い、誘われて<白き盾>に入ってしまうのだけれど、そこで求められていたのが戦闘ではなく運営の仕事。ボロボロの経営を建て直して欲しいというものだった。傭兵を夢みていただけに、最初は嫌がるレイだったけれど、騎士になるための士官学校を成績不振で追い出され、他に行くあてもなかったレイは、ギルドを存続させようと一生懸命なマリールイズの頑張りにも惹かれ、運営の仕事を引き受け本気でギルド再建に取り取りかかる。

 金食い虫でも3人のメンバーは外せない。だからといって赤字にはできない状況で、レイがメンバーを説得しつつ、利益がしっかりと出るよう運営を工夫していく展開が、この物語の読みどころ。クライマックスに来る大仕事で、リスクは取りながらも高収益を目指そうとしたアイデアにはなるほどとうなずかされる。さすがは士官学校時代に兵站の授業や実習では最高成績を収め、「輜重車(しちょうしゃ)の悪魔」と呼ばれたレイだけのことはある。

 そのレイとは士官学校の同窓で、常に主席の成績を収めながらも兵站学ではレイの後塵を拝し、逆恨みに近い感情を抱いていたクレア・キャンベルという少女も、こちらは実家の都合で騎士団を継ぐことになり、士官学校を辞めて今は<黒銃士隊>で修行をするためレイのいる街にやって来て、物語に絡んで来る。その言動から、レイの凄さは分かるもののそれでも戦闘とは違って見えな力量が、展開の中で描かれていく。

 読めばそれなりに実力はあっても、どこか歪でまとまらなかったチームが、キーマンの登場で結束して大きな力を発揮するようになっていく経営小説のような面白さを味わえる物語。世間知らずのお嬢様で、自身は何の力も持たないポンコツのように見えたマリールイズが、片方の眼を眼帯で覆っている理由が、単なるご先祖様の真似ではなくいことも明らかになって、その力がギルドの将来を希望のあるものにする。

 大きな仕事を成し遂げながら、まだまだ大もうけをするところまでは来ていない<白き盾>だけれど、癖のあり過ぎるメンバーをうまく活かし、従来になかったアイデアも加えてギルドの運営に革新をレイがもたらしていった先、どれだけの活躍ができるのかを見ていきたい。そんな気にさせられる。


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