進化の設計者

 神様なんていない。

 それはもう科学的に厳然たる事実だ。分子より原子より小さいレベルまで見つめ、銀河を飛び出て膨張する宇宙の果てまで見通す人間の目に、神様などという超常が入り込む余地なんてない。

 なのに人は神様を求めたがる。心が人にはあるからだ。困難に出会って受ける苦しみを和らげようと、心が外に救いを見出そうとするからだ。そんな心を人が得て数千年、数万年を経た現在。立派に神様は認識の上に存在してしまっている。

 人の心が作り出した神様が、逆に人間にいろいろと影響を及ぼすこともある。突き詰めれば原因の根は、すべて人間の側にある。けれども無意識のうちの発せられた欲求への答えは、返ってくる時には神様を間に挟んでいる。だから神様は存在しているのだという気にさせられる。複雑で難しい。人の心というものは。

 もっとも、考えてみればこれは心を持ってしまった人間ならではの適応、というものなのだろう。今の人間は、果てしない適応の繰り返しによってもたらされる変化の途中経過でしかない。原因があって、結果がある。そんな単純な構図でしかない。

 けれども適応の途中に現れたこの形態を、ただの途中経過だとは思いたくない心が、人にはたびたび生まれる。というより人間だけが認識できる人間の心が、そんな心を芽生えさせる。結果でしかない現在をそうは捉えず、遡って神の思し召しとやらを見出し、再び現代へととって返して新たな未来を思考する。

 単純な因果の繰り返しから人を脱却させたい。だから神様をいると考え騒ぎ立てる。そんな訳はないのに、そんなことを思いたがる一派はだから適応なんて場当たりな展開を認めない。自然を説く一派を憎悪し攻撃をしかけて来る。林譲治の「進化の設計者」(ハヤカワJノベルズ、1700円)に登場する、ユーレカという組織のように。

 神の意志による進化があるなら、神に成り代わって進化を司る意志があっても良いということなのか、ユーレカが世界で繰り広げる闘争はなかなかに根深く、そして時に残酷きわまりない。もっとも本編は当初、そんなユーレカの暗躍は仄めかされるにとどまっている。

 まず最初。スーパーコンピュータを上回る計算能力を持った、気象予想シミュレーションですら計算を間違え、異常な発達をした台風が北海道に上陸して、被害をもたらしたことを訝る女性エンジニアの話が繰り広げられる。そして、彼女の離婚した夫がインドネシア周辺に作られているメガフロートの工事現場で潜航艇に乗り、化石の発掘をしていた生物学者が消えてしまった事件が示唆される。

 失踪の裏に何かあるのでは、と乗り込んできた女性研究者の話がその後に続き、やや前に女性研究者の姉で心臓外科のエキスパートだった女性の夫が、自治体の福祉担当官としてジャーナリストが失踪した事件を追った果てに、とんでもない事件に遭遇する話があって、そして3つの異なる立場からの物語が描かれ、やがて重なり合い絡み合って進んでいく。

 浮かび上がるのは、ユーレカという組織の影。そして、神の手など進化にいっさい関わっていないという厳然とした事実があり、適応するのは人間たちばかりではなく、すべてが自動化された環境の中では、単なる動物であったとしても、意識を持つならそれがキーとなって変化が生まれ、適応が起こるかもしれないという可能性だ。

 影響し合い、させれた果てに、従来では考えられないシチュエーションが到来するかもしれないといった指摘が成され、転がり動き始めた適応は、人間の思惑といったものとは無関係に膨張し、暴走することもあり得るのだという予測も打ち出される。

 サスペンス調で進む展開に、ついついページをめくらされて果て。神などおらず、適応の果てに様々な未来が待っているのだという、絶望と希望の入り交じった複雑な感情が身に浮かぶだろう。エンターテインメントとしても、人類の未来を科学で類推するハードSFとしても高い完成度を持った物語。神になど頼らず、人として生きて生き延びる術を探り、得よう。


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