Servant Girl
サーヴァント・ガール

 2015年のノーベル物理学賞に、ニュートリノ振動を発見した東京大学宇宙線研究所長の梶田隆章教授が輝き、梶田教授の師にあたる東京大学の小柴昌俊特別栄誉教授によるニュートリノ観測に2002年、同じくノーベル物理学賞が与えられたのに続いて注目を集めることになったのが、岐阜県飛騨市の神岡町にある大型実験施設のカミオカンデであり、その後継施設となるスーパーカミオカンデだ。

 鉱山跡となる地下に広がった空間に、びっしりと光電子倍増管が取り付けられ、遙か彼方より来るニュートリノが空間に満たされた超純粋と反応して発生するレフチェンコ光をとらえ、ニュートリノの存在を確認するという施設。その価値も意味も分からない人にはまるで分からないものの、とてつもなく凄いことが行われているということだけは感じられるカミオカンデなりスーパーカミオカンデへの関心は、これからもどんどんと増していくことだろう。

 そんなカミオカンデでありスーパーカミオカンデにも似た施設が登場して、ダークマターの観測に使われているといった設定の作品が、山口優の「サーヴァント・ガール」(一迅社、1300円)。このダークマターでありダークエネルギーもまた、存在がほぼ確認されながら、実際にどういったものかを観測できていないという代物で、今もなおその発見を目指して、どこかの誰かが実験室にこもって観測装置に目を向け続けているのかもしれない。

 物語ではそうしたダークマターの観測が、岐阜県にある上丘鉱山の地下100メートルに設置された実験施設で行われていて、そこに配属されていた大学生の織笠静弦という女性が、とてつもなく異常な観測データを確認してしまう。彼女の知識に照らしてあり得ないデータだったものの、どうやら装置の故障ではないらしく、なにかリズムのようなものがそこに感じられた。直感で静弦は、そのデータを音にして出してみると、どうやらラテン語で何か呼びかけているらしいと分かった。

 ならばとラテン語が分かる知人のアドバイスを受けて、贈られてきた言葉に同じラテン語で返事をしたところ、地下100メートルの施設にどこからともなく全裸ではないけれどもエロい格好をした美少女が現れたから驚いた。自らを別次元のローマで作られた機械奴隷だと自己紹介した美少女は、圧倒的な知性を見せ、静弦をマスターと仰ぎ、絶対の服従も示して彼女の下につく。

 驚きつつもアリアと名付けた美少女を連れて、東京にある家に帰ろうとしたその途中、静弦を途中下車させ引き留める上司が現れ、そして立ち寄った先で静弦とアリアに攻撃を仕掛けて来た相手がいた。それは異世界から来たアリアと同じようなサーヴァントと呼ばれる機械奴隷たち。そこから、とてつもない演算能力を駆使できるサーヴァントたちによる激しいバトルの幕が切って落とされる。

 そうしたバトルに絡むのが、理論物理学やら宇宙物理学やらといった高度な理論。斥力場だの磁力場だの陽電子ビームだの核融合だのといった物理学的な力を使い振るって戦う美少女アリアほか機械奴隷たちの、一読では理解できないもの何か凄まじい能力を繰り出しているだろうと想像させる、激しくて迫力たっぷりのバトルを楽しめる。サーヴァントには通じなくても、使役している人間になら通じると、ニュートリノの陽電子線を照射させて相手を倒すような戦い。普通だったらあり得ない。

 おまけに傷ついた体であっても、治療可能というから恐るべき能力を持ったサーヴァントたち。これほどまでにとてつもない存在を、現代の地球に生きて彼女ら彼たちを呼び出してしまった者たちが使役している訳で、それこそ世界征服すら可能な力を手に入れた人類には、均衡を目指す者もいれば、破ろうとする者も現れて、社会から見えないところで競い合っていた。そんな状況に巻き込まれた静弦とアリアは、結果的に日本にいる集団に与して世界の平穏をかけて戦うことになる。

 そう言われても未だ判然としない力の源泉。ただ、理論物理学とか科学といったものを除けば、美少女や機械奴隷たちの異能バトルであり、世界を廻る戦いらしいとは分かる。あと百合な成分もあって、そちらからの楽しみも味わえる。

 テクノロジーとか物理学といったものの意味なり価値が理解できれば、さらに面白くなるのかもしれないけれど、とりあえずは世界を征服だってできてしまう力を持ちながら、自分に絶対の忠誠を誓う最強の力を得て、人は世界征服のような欲望に打ち勝てるのかを考えたい。同時に、超絶的な科学力を持ち、それを理解している存在を傍らに置いて、人間の頭で稚拙な理論を繰り出し、軽蔑されるだろう恐れに打ち勝てるのかということも。

 人類がこれから手にするだろう力であり、未来への希望と裏腹の絶望めいたもの、快楽と裏腹の恐怖みたいなものを改めて認識させてくれる物語。学究に励んできた女性が、先輩の科学者に惹かれ告白して振られて美少女ゲームに走るといった描写は、理系女子の生き様にも少し関わっていそう。この後物語はどうなって、世界はどんな戦乱の渦に巻き込まれるのか。そもそも続くのか。書かれ刊行される未来を願って待とう。


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