セルフ・クラフト・ワールド 2

 「どうして熊本弁が出ないんですか」と呟きたい気が、読んでいて少しだけ浮かぶ芝村裕吏のシリーズ第2作「セルフ・クラフト・ワールド2」(ハヤカワ文庫JA、720円)だけれど、そんな思いつきを大きく膨らませる余裕を与えないまま、すさまじい展開が繰り出されて、この後に続く第3巻が、いったいどうなってしまうのかといった興味に心を引っ張られる。

 第1巻の「セルフ・クラフト・ワールド1」(ハヤカワ文庫JA、720円)で主役を務め、<セルフ・クラフト>というMMORPGゲームの中で大活躍していたGENZは脇に回り、その相手となった熊本弁をしゃべるAIのエリスも今回は登場しない。ストーリーはもっぱら、GENZとは古い友人らしい日本国首相の黒野無明がいる現実世界と、カトーという名の戦士が走り回るゲーム内の世界らしい場所を舞台に進んでいく。

 そうした異なる舞台が交互に登場してくる以上、裏と表なり現実と仮想といったつながりがいずれ判明し、重なり合って物語全体のビジョンを見せてくれるだろうという予感は最初から漂っていた。ただ、あそこまですさまじい展開を経た上でつながると読み始めて予想した人がどれくらいいただろう。突きつけられたビジョンを前に誰もが立ちすくむはずだ。どうしてそうなったのかと思い、これからどうなっていくのかと考えながら。

 現代を描いた黒野首相のパートで繰り広げられるのは、彼が秘書にしている女性の姿をしたAIとのやりとりで、妙に人間くさいというか黒野に対して強い敬愛の念を抱いているような雰囲気を漂わせるところがあって、その思いがだんだんとズレた方向に進んでいく。最初は表情や仕草でそういった雰囲気を醸し出していたものが、やがて車の中で黒野が強化現実眼鏡というAR用のウェアラブル器機を装着すると、目の前に現れ膝の上にバニーガールの姿で乗っているような現れ方をする。

 バンダイナムコエンターテインメントとナムコが、2016年4月に東京・お台場に期間限定で設置したVRアトラクション体験施設「VR ZONE」に置いてある「アーガイルシフト」に登場して、いきなり目の前に現れあれやこれや世話をやいてくれるAIナビゲーターのアカネの姿態や顔立ちに、架空の存在であるにも関わらず高まってしまう人が少なくない。そうした心理を重ねるなら、AI秘書の迫ってくるような仕草や言葉に黒野が転び、言いなりになってしまっても不思議はない。

 もっとも、AI秘書は人間をハッキングするためにハニートラップを仕掛けている訳ではなく、純粋に役割としてボスのためになろうとしているといった感じ。形として人間の思惑を超えて“暴走”していることには変わりがなくても、AIが人間を滅ぼそうと反乱を起こすのではなく、AIが人間の希望をその想像を超えてかなえようとしているのだと捉え、そうした“暴走”が人に、世界になにをもたらすのかを想像してみたくなる。共存か、それとも心中か。

 黒野の場合は年上が好みだっことがあり、また自制も働いたのかAI秘書の積極的なアプローチに転ぶことはなかったものの、一方で本職ともいえる政治や外交の部分で、急速に事態が進行している世界を相手に決断を迫られることになる。経済が衰退に向かう中で、日本では<セルフ・クラフト>にあって自動的な進化を行うようになった人工生命のチクワたちから画期的な技術が生み出され、それが富をもたらすようになった。

 対して日本のように何かを生み出すことがなかったネットワークゲームを持っている国々では、貧困の度合いが増していった。そして、繁栄を謳歌し軍事的なイニシアティブをも握ろうとしている日本に向ける目が厳しくなっている。それがひとつのきっかけを経て大爆発してしまう。攻撃。報復。犠牲。その結果起こったとんでもない悲劇の続きともいえるビジョンが、カトーという男が半妖のマイドンというキャラクターや、えり子と名付けた女性のAIを引き連れ<セルフ・クラフト>の世界を冒険するパートへと繋がっていく。

 <セルフ・クラフト>内での人工生命の進化から、現実の技術革新が行われていく事例としてあげられた、生体兵器ともいえそうな戦闘機の描写など、実に未来的で驚きのビジョンにあふれている。AIが進化の果てにライフハックをして来るような描写などは、長谷敏司の「BEATLESS」にも通じる設定。バーチャルを飛び出て世界を染めていく人工的に生み出された生命によって起こる激変といった描写が、来るかもしれない未来を予感させて身を震わせる。

 自分のライフデータをすべて記憶していった果て、それを持ったAIのキャラクターが自分に成り代わってネットの世界で生きていくような描写は、映画「楽園追放 −Expelled from Paradise」にも重なるところがあるけれど、そちらは自分のデータをまるまる電子的に置き換えるだけ。一方で「セルフ・クラフト・ワールド2」では、ネットの海に生きる新しい生命へと自分の思いを託す感じになる。それは自分なのか。自分のコピーなのか。子孫のようなものなのか。個の継続性といった問いかけにも迫られる。

 とはいえ、すさまじい展開を受けてそうした道を選ばざるをえなかったとしたら人は、自分を託してネットの海へと移るものなのかもしれない。誰もがそうなった果てに存在する世界でこれから何が起こり、どこへと向かい、どこにたどり着くのか。人に由来した記憶から生まれた電子的な存在は、人によって生み出された電子的なAIと違うのか同じなのか。いろいろな疑問に答えが出されるだろう第3巻を待とう。


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