Ca ne fait rien
世界の終わりの魔法使い

 人生なんて嘘っぱち。たとえ100年生きようと、でもって山ほどの名誉と冨を得ようと、死んでしまえばすべてが雲散霧消。当人にとっては一切の記憶も、経験も財産もすべてがそこで消滅してしまう。

 地獄になんて持っていけない。そんな場所なんて世界のどこにも存在していない。もちろん天国も。魂の転生? あり得ない。魂なんてものは死を恐れた人間が妄想した心のシェルター。子孫を思う気持ちも何もかも、死んだ瞬間にすべてが消滅してしまう。

 ということは人生なんで無駄なもの? そうでもないのが実は人生という奴だ。だってほら、楽しいとか辛いとか感じているその瞬間というのは、その人にとって確実に存在していたりする。決して嘘なんかじゃない。

 喜びとか哀しみを感じている一瞬一瞬のすべてがリアル。そんな無数のリアルが生きた時間だけ積み重なったのが人生だとしたら? 死ぬ瞬間まで当人にとって人生は嘘なんかじゃない。絶対に。と、そう考えれば生きているのだって悪くはない。そんなものだ。人生という奴は。

 幾つもの星々を滅ぼし、大勢の人間を殺戮して”魔王”と呼ばれた悪い魔法使いが、残った人類によって科学の力で倒され、捕らえられ閉じこめてから幾年月。”魔王”の繋がれた刑務所を囲んで、ひとつの村が出来ていた。そこに暮らす人々は、”魔王”からしみ出る影響なのかそれとも別に理由があったのか、何故かは分からないけれど魔法が使えるようになっていた。

 そんな魔法の力によって、子供も大人も箒で空を飛んだりしていたけれど、中に1人だけ、魔法が使えない少年がいた。ムギという名の彼は、けれども空を飛ぶのには魔法なんかいらないと、ジェットエンジンを自作しては箒とか、サーフボードに付けて空を飛ぼうと日々実験を重ねては、失敗し続けていた。

 そんなある日。飛びはしたものの失速して突っ込んだ悪い魔法使いの刑務所で、ムギは得体の知れない怪物に襲われる。そしてその時、どこからか現れた1人の魔法使いの少女に助けられる。サン・フェアリー・アン。どこから来たのか分からないけど、魔法の腕は超一流の彼女とムギは仲良くなる。仲良くなって家へと連れて帰った彼は、そこで彼女の正体を知る。

 サン・フェアリー・アンの魔法の力が飛び抜けていたのも道理。彼女こそが世界を破滅の危機へと追いやりかけた、”魔王”と呼ばれる最強にして最悪の魔法使いだった。とはいえ見た目はムギとさほど違わない、少女の見てくれをしたサン・フェアリー・アン。興味を寄せる彼女にムギは次第に惹かれていく。

 ラブコメディによくあるパターンなら、そこから一種の”同居物”へと流れていくところを、スタイリッシュな絵柄でもって、奥深い意味を持った作品を描くことにかけては、世界でも類をみない才能の持ち主である西島大介は、決してそうはさせはしない。

 世界の崩壊に直面しながらも、それを我が事のように受け止めず、脳天気にも我を通し続ける少年の様を描いた「凹村戦争」に続き、長編コミック第2作目となる「世界の終わりの魔法使い」(河出書房新社、1200円)でも、最強にして最悪の魔法使いの美少女と、魔法が使えず、かといって科学に頼ろうにも失敗ばかりしているムギとの、腐れ縁的シチュエーション上で繰り広げられる、ループにも似たラブコメチックなエピソードの反復へとは流れない。

 サン・フェアリー・アンの出現をきっかけに、ムギの周囲では次々に奇妙な現象が起こり始める。先生が消えてしまい、同級生たちもどこかへ消えてしまってそして村が、世界が消滅へと向かい始める。いったいどうしたんだろう? そう疑うムギにサン・フェアリー・アンは突きつける。世界なんて嘘だと。ムギも先生も同級生たちもすべてが嘘っぱちなんだと。

 聞けば恐るべき真実。当然ながら沸き上がる不安。けれどもムギは怯えない。世界なんて嘘で自分だって偽物で消滅したって関係ない。そう認めればすべて終わって終わってしまっただろう。けれどもたったひとつ、信じられるものがあったからムギは諦めなかった。信じていたものを守るためにジェットボードを空へと浮かべた。抗えない運命に身を委ねることなく、勇気を振るって立ち向かった。

 ひとつでも信じられるものがあれば人生はリアルになる。ひとつでも信じたいものがあれば世界はリアルで満ちあふれる。最初はほのかに芽生えたリアルが、ムギの確信とともに嘘にまみれた世界を、宇宙を貫き広がり輝き爆発しては、人生なんて嘘っぱちだと人生から逃げよう賭している者たちに、瞬間のリアルを積み重ねさせながら、終焉の果ての果てへと引っ張り、導いていく。

 エンディングに示される、声も届かない彼方への飛行を祝福する感情は、当人にとっては消えてしまう経験や知識や財産も、後に続く者には永遠に引き継がれ、より高見へと導く糧になるのだと訴える。「読めばゼッタイもらえる勇気!」。なるほど得られる生きる希望。もたらされる明日への興味。本よりもたらされる勇気で人間よ。閉じられたセカイの壁をうち破り、永遠の世界を君のリアルで包み込め。


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