3LDK要塞山崎家
Love and Crisis days in Yamazakis

 父は警察官だったが「正義の見方」ではなかった。いや、もちろん法の番人として法に則った正義を遂行していたことだけは間違いないが、変身して巨大怪獣と死闘を繰り広げることもなければ、全身をメタルスーツで包んで悪の秘密結社を壊滅に追い込むこともなかったから、テレビ番組その他におおぜい登場する、いわゆる「正義の見方」でなかったことだけは確かだろう。

 だがもしも、父親が本当に「正義の見方」をやっていたのだとしたら。毎日のように怪獣や秘密結社と闘っていたのだとしたら。「びっくり」と驚くのが普通の子供の反応だろうが、これだけ世の中に「正義の見方」があふれ返っている世の中だ。自分の父親が「正義の見方」だったからと言って、そういう仕事があっても不思議じゃないし、それが自分の父親であってもおかしくないと、冷静に恬淡と受けとめるのかもしれない。まあ9割9分「違う」と信じているからこそ出る戯れ言なのかもしれないが。

 太田忠司の「3LDK要塞山崎家」(幻冬舎ノベルズ、781円)に登場する山崎家のご主人、山崎兼智は、どこから見ても「正義の見方」とは言えない風采をしていた。食品おろしの会社に係長として勤務して、家族は妻と息子と娘が1人づつ。やっとの思い出手に入れた、木造2階建ての3LDKは、あと20年もローンが残っている。どこにでもいる在り来たりな平々凡々とした家族で、おまけに父親の兼智は、何かにつけて「普通の家族」を演じようとしている節があった。

 小学5年生になった息子の滋にとって、そんな父親はどこか普通じゃないところを持った父親に映っていた。仕事も普通、家庭生活も普通、にも関わらずおかしいと感じたのは、例えば土日ともなれば無理矢理滋を、「どうだ、これが父と息子のふつうの姿なんだぞ」(9ページ)と言ってキャッチボールに誘い出したり、スーパーで買い物中に、「ああ、これが家族の幸せってもんだよなあ」(10ページ)と言って泣き出したりすることがあったから。もちろん、だからといって「正義の見方」だと感じていたということはなく、単にヘンな父親に映っていただけなのだが。

 しかし、そんな「普通の家族」だった山崎家に、突如として大きな変化が訪れる。学校からの帰り道、友達の仁美といっしょに歩いていた滋の前に、20代後半から30代前半といったところの美貌の女性が現れて、滋の知らない父親兼智のことを話し始めた。そして滋に「CRAB」と書かれた名刺を渡し、戦車隊を引き連れて意気揚々と去っていった。

 家に帰って兼智に名刺を渡し、クミコ・エリス・ハスターという女性の名前と告げた時、父親の表情に明かな動揺が現れる。虚ろな笑いを響かせて、関係を否定する父親に、どこかおかしいと感じる滋だが、やがて山崎家のある地域に戦車隊の攻撃が始まったため、滋は「家を守る」と残った父親を置いて、家族といっしょに避難した。

 テレビで戦車隊が次々と破壊される光景を目にした後、滋たち一家は無事だった山崎家に戻ったが、ロボット兵器を含めた激しい攻撃が、再び山崎家を襲い始めると、やっぱり残ろうとする父親に不審を感じた滋は、今度は父親といっしょに家に残る言い出した。嫌がる父親を説得して居残り、迫り来る攻撃をくぐり抜けた先で滋が目にした父親の姿、それは・・・・。ローンの残った家を守るために懸命に闘う父の姿、とはちょっと違うけど、とにかく闘う父親の姿だった。

 以後、ストーリーは爆裂の度合いを増して拡大し、世界を牛じろうとする秘密結社と、国際救助隊にも似た正義の組織との激しいバトルへと突入する。「スーツ」と呼ばれる究極の秘密兵器のカッコ悪さといい、世界を守る組織の本部が存在する場所といい、お約束の度合いをはるかに越える超絶的なギミックの数々が登場して、読者を笑いの渦へと誘う。

 今は一介のサラリーマンに過ぎない兼智が、悪の秘密結社から注目される存在だったことも意外と言えば意外だが、そんな兼智を、「CRAB」の総統クミコ・エリス・ハスターが付けねらう理由となった過去の因縁の方が、場合によってはわが身にふりかかる脅威となっていたかもしれず、なかなかにゾクリとさせられる。「大島弓子が好きでガルマ・ザビが好きでジャック・フィニイが好きでジャーニーが好き」(122ページ)という、純なヲタクの少女を振ると、かくも恐ろしい事態になるのだとは、たとえ大金持ちの正義の見方でも、予想だにしなかったに違いない。

 タイトルに異論。3LDKの山崎家は要塞でもなんでもなく、あっけなく「CRAB」の攻撃によって破壊されてしまう。帯にある「大型戦車隊VS山崎家」というシチュエーションも登場せず、ましてや「ケナゲな父の奮闘を描いた本格推理」なんて内容では絶対にない。「家庭内冒険小説」も違う。こういう惹句を考えた編集者の意図が解らない。SFヒーロー・コメディーとか、ファミリー・アクション・コメディとか言った方が、よほど内容に即していると思う。

 ただし面白さは極上にして絶無。素直じゃない子供の視点から見た不甲斐ない父親の姿なんて、およそ子を持つすべての父親の、自堕落なその暮らしぶりを反省させるだけの刺を持つ。段取りの良さと文章の巧みさが、風呂敷が果てしなく広がってどんどんと爆裂の度合いを増していく小説に、鼻白むような違和感を与えずに、ぐいぐいとラストまで引っ張っていってくれる。

 立て直された山崎家が、今度は要塞となってクミコの攻撃を凌ぐのかもしれないが、相手もなかなかに執念深い女性だ。あるいは巨大空中要塞と化した山崎家が、巨大宇宙船を仕立て上げたCRAB一党と宇宙を舞台に派手な一戦を繰り広げるのかもしれない。その時にもやはり、あの「スーツ」を来た兼智と滋の大活躍を、堪能することができるだろう。次巻を乞うご期待to作者。


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