SANCTUM
ゼフィロス

 例えるNFLの「サンフランシスコ・フォーティーナイナーズ」で名クオーターバックと呼ばれたジョー・モンタナを呼んで来て、彼に本を持たせて前方を走るワイドレシーバーを越えてスタンドへと投げ込んでもらいたくなる感じか。あるいはラグビーのワールドカップで大活躍したイングランド代表の名キッカー、ジョニー・ウィルキンソンにゴールポストの遙か上、スタンドを越え場外へと蹴り飛ばしてもらいたいとかいった感じか?

 なにってそれは「神の系譜」のシリーズで名を広く知られる西風隆介の「SANCTMUM ゼフィロス」(徳間書店、819円)を読んでわきあがって来る気分。圧倒的な物語より得た感慨を我が身の内にのみ押しとどめておくのは忍びなく、またジャンルの内にとどめて盛り上がているのも勿体ない。世間に放り込んでは広くその存在を知ってもらいたいという意味、ですね。本当に? 本当です。

 未来を伺える不思議な能力を持っていたがために、ブルーカラーとして勤務していた証券会社で同僚だったホワイトカラーの男に誘われ、投資顧問会社の共同経営者に収まってゴージャスな生活を始めたマック。ところが思いもかけない事態が起こって投資顧問会社が危機に陥り、共同経営者はマフィアに捕らえられマックもマフィアに追われる羽目となって着の身着のままでニューヨークの街へと逃げ出す。

 といっても田舎から出てきてニューヨークも会社とその周辺しか知らないマック。季節はずれの雪が降る路地裏を逃げ回りビルの谷間に迷い込んだところで、何故かバニーガールの格好をした東洋人の少女と出会い彼女からマッチを手渡される。マッチ売りの少女? なんて疑問も抱きつつもらったマッチを摺るとあら不思議、どこかアジアらしい密林へと飛ばされてしまう。

 目の前には何やら不思議な遺跡。マックは誘われるようにその突端へと昇り、そこで奇妙な怪鳥やら得体の知れない婆さんと遭遇したと思ったら、再びニューヨークへと舞い戻ってホームレスのような身なりでやっぱり街を逃げ回る。あれはマッチが見せた夢? なんて思っていたらそこに再び今度はバニーガールならぬ赤ずきんちゃんの格好で少女が現れ、そしてマックは流されるままに今度は飛行機で遠くアジアの地へと送り込まれる。

 そこで出会った舞踏の踊り手が何者かにさらわれ、救い出しにいこうとする展開の中でマックがニューヨークの路地で出会ったバニーガールで赤ずきんちゃんだった少女が再登場。寡黙な美少女に見えた彼女が実は口の悪い阿婆擦れだったことが分かり、マックはがっかりしつつ怒りつつ、それでも一緒に遺跡をめぐる冒険へと出かける。

 その先に今度は神話の世界よりシヴァ神が現れ、マックをメソポタミアの冥界の王と認めて旧交を温め始めたと思ったら喧嘩を始めたりしたりと二転三転七転八倒。そして再びマックをニューヨークへと戻しそして幾度めかのマッチが摺られて、マックを何処かへと飛ばす。

 描かれるのはこの世界と別の世界が重なって存在している様。神世の因縁が人世の果報となって現れる様は漫然と生きているようで、実はそこに何らかの意味があるのではと思わせてくれて、無味乾燥に見えていた我が生への興味をかきたてる。と同時に重なり隠れて見えない世界への関心が浮かんでその世界を垣間見たくなって来る。自分は何者なのか。そんな重たいテーマをシリアスな物語ではなく軽薄で飄々としたエンターテインメントの中に描いて楽しませてくれる作品と、言えば言って言えるかもしれない。

 その流れは言うなれば行き当たりばったりで、描かれるのも既成概念の及ばない空前絶後のシチュエーション。普通の小説に慣れた頭ではどこに連れて行かれるのかがまるで分からないず、描写によって意味されていることもまるで見えない展開に、読んでいて声も出なくなる。ストレートな物語になれた身には、謎が明かされ結末が訪れカタルシスが得られる話でなく戸惑いばかりが先に浮かぶ。

 もっともそこは空前絶後の物語「神の系譜」を描いて評判の西風隆介。並みの頭では理解の及ばないまったく新しいタイプの小説ってことなのかもしれず、たとえ一読では理解が及ばなくても2度3度と読みそのワールドに浸ることによって、見えてくる何かがあるかもしれないと考えよう。室伏広治に3回転半から彼方へと放り投げてもらうかどうかを決めるのはそれからでも十分だ。


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