彷徨う勇者 魔王に花

 千年万年の対立も、愛さえあれば突き崩せる、かもしれない。

 第9回C☆NOVELS大賞で特別賞を受賞した沙藤菫の「徨う勇者 魔王に花」(中央公論新社、900円)は、そんな愛がもたらすパワーのとてつもなさを教えてくれる物語。男の子が女の子に向ける愛とか、女の子が男の子を慕う愛、親子の愛に兄弟の愛といろいろな愛が現れ、交わされては世界を平穏へと導いていこうとする。そんな愛の膨満に、読んでいて誰もがきっと胸がキュンキュンとしてくるだろう。ちょっとだけ歪んだ愛も混じっているけれど。それだって愛だけど。

 千年の昔、ふとしたことから助けた人間の男に恋をした魔帝は、千年に1度、人間1000人を世界樹に食わせて、自分たち魔物(グル)の糧となる種を得る儀式の生贄として育てられていたらしいその男とともに、世界樹は本当に人間を1000人も必要としているのか、他の何かで代用できないかと研究を始める。そして、人間1000人分ではく、草原生まれの人間100人分の血であがなえると知るものの、男は捕らえられて人間の手によって首を跳ねられて死に、激怒した魔帝は嘆き悲しんで暴れ回る。

 その際に世界樹の花が咲き、実がなって種もでき、伝承はひとまず成立する。そして、男の子供を身ごもっていた魔帝は、魔王と呼ばれる4男3女を生み育て、そして今一度の千年が過ぎようとしていたその年。末子の魔王アランは、雪山で遭難していた少女を助け、彼女に一目惚れしてしまう。

 どこか母親の過去を再現するようなシチュエーション。アランは母親が密かに作っていた、蛇の鱗や羊の角といった魔王としての特徴を無くし、人間に見えるようになる薬を借りて飲み、オリガという名だった少女を連れて街へと向かう。

 魔王だけれどとてもとても“いい人”で、オリガに対してひたすらに恋情を述べ、優しさを振り向けるアラン。対してオリガも、決して嫌悪感は示さずむしろ関心すら見せるけれど、彼女には勇者として魔帝と戦う役目があって、アランに靡くわけにはいかなかった。アランの正体を知ったらなおのこと、恋は実らずむしろ激しい反発を生みそう。素直に愛を向け合えない関係がどうにももどかしい。

 おまけに、人間に化ける魔法の影響で、オリガとの恋仲が得られないとアランは砂になって消えてしまう運命にあった。当人はそれで良くても、アランを愛する魔帝や魔王ら家族は焦り、運命を入れ替える魔法の剣を授けるなどしてアランを救おうとする。一方で、オリガ自身も、実は身に世界樹の種を帯びていて、それで強くなった代わりに命を食われる運命にあって、未来がなかった。

 誰も彼もが八方ふさがりのような状況にあって、それでも最善を目指そうとするのが、愛ある世界を描こうとしている物語なればこそ。グルたちは人間を世界樹の生贄に捧げず、オリガを世界樹の種に食わせず、花を咲かせ実をつけさせるために世界樹へと身も投じることもさせず、アラン自身も魔法の副作用で砂になることがない道を探っていく。グルも人もない懸命な探索の姿が、刹那的で悲劇的なストーリーへと物語を陥らせないで、どこか暖かみのある雰囲気を醸し出す。

 魔帝の魔王たちに見せる感情や、魔王たちが人間を相手にひたすらに残酷になり切れないところは、彼女がかつて人間を愛したことがあり、子供たちもそんな人間の血を半分は受け継いでいるからなのか。弟が、家族が愛した相手なら、たとえ人間であっても救ってあげたいと願う愛情の連鎖が、読んでいてどこか嬉しい。むしろ人間の側の方が、グルをひたすらに憎み、また人間どうしてありながら憎しみ合う様を見せているほど。愛に薄い生き物なのだろうか、人間は。

 とはいえ、こうした物語を描ていみせたのもまた人間な訳で、心には愛がもたらす幸せを願っていたりする。それを形にするきっかけがないだけで、グルのような存在を混ぜ込んだ物語を描くことによって、壁を超えて愛し合うことの大切さを、示してくれようとしたのかもしれない。

 危機は一筋縄ではいかず、アランとオリガの愛はなかなか成就されようとしない。最後の最後のそれこそ間際まで続くピンチを果たしてアランは、オリガは乗り越えていけるのか。手に汗を握り、胸をキュンキュンとさせながら、ご堪能あれ。


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