さくら、咲きました。 〜Last Springtime of Life〜

 「天使な小生意気」で人気の漫画家、西森博之による初の小説「満天の星と青い空」(小学館、1200円)は、隕石が落ちてくるはずなのに、途中で消えてしまって代わりに鉄を食うバクテリアが広がってしまって、大変になった世界を高校生たちが歩いて、あまりの事態に理性を失った人たちを相手に戦って、守って生き抜こうとする話だった。

 加納亮太の「さくら、咲きました。 〜Last Springtime of Life〜」(桜ノ杜ぶんこ、780円)の場合は、隕石は途中では消えず、地球へとぐんぐん迫っていて、ロケットなどで破壊もできずにあとはぶち当たるだけだという、とてつもなく切迫した設定。これがいわゆる18禁ゲームのノベライズと聞くと、ゲームの世界もずいぶんと進んでいるように見えるけれど、調べるとゲームでは数年前に出た「そして明日の世界より−」という作品も、やはり隕石が落ちてくる話とか。

 小説から映画になった「地球最後の日」や映画の「メテオ」や大ヒット映画「ディープ・インパクト」「アルマゲドン」といった類例が多々ある設定だけに、驚きはないけれどもそれが様々なジャンルに広がっているというのは面白い現象。あるいはいつかそういう日が来るかもしれないという予測が人間にはあって、それが時折頭の中から外に染み出てくるのかもしれない。もしかすると恐竜だった時代に、隕石によって世界が滅亡しかかった記憶を遺伝しレベル、魂レベルであらゆる生命が持っているのかもしれない。

 それはともかく「さくら、咲きました」は、過去に数多ある隕石の地球落下という設定を主題にしながら、スペクタクルとか英雄的行為を前面に押し立てるような雰囲気はまるでなく、むしろ来るべきその瞬間に向かって人はどう振る舞うか、どうその瞬間を迎えるかといったところを描いた物語。それでいてその瞬間に臨もうとしている人たちが、決して自暴自棄になったり、諦めきったりしていないところに、他とは少し違った明るさがあり、伝わってくる強さのようなものがある。

 それからもうひとつ、「トコシエ」という不老化技術が発明されて、人が年をとらないようになっていて、ガンとかも治ってしまって、事故とか寿命でない限り、人がなかなか死ななくなっているということも設定上の大きなポイント。なぜなら「死」というものに対する意識が、トコシエになった者とそうでない者が混在する世界で、あらゆる人に共通ではなくなっている。

 いつか死ぬを分かって日々を老いとともに過ごしてきた老人にとって、明日来る隕石はどちらかといえば日常の延長。対して老化を止めて永遠の青春を謳歌していた人にとっては、完全ではないまでも大きく逃げたはずの「死」がすぐそこに迫って来て、怯え震えて歪んだだろう。こんなはずではないと叫んだだろう。

 それでも来るべきものはやってくる。思わぬ破滅の到来によって、それまで生活部という部活で勝手をしていた少女たちや少年と、生徒会を率いて勝手にふるまう少年や少女たちを取り締まっていた少女のドタバタとした日常の物語は、ぐっとシリアスさを増していく。

 ひとりの少女が、地球を脱出する船に乗れるかどうかを巡って、自分の気持ちを思い家族の気持ちを考え踏みとどまろうと決意するまでを描くエピソードや、やっぱり死ぬのが怖くて、他の誰かが移民に選ばれたのが羨ましくて、閉じこもって逃げ出したくなる少女のいたしかたない心理を描くエピソードなどが積み重なっては、「死」というものに向き合った時に見せる、人の心や振る舞いの諸相を浮かび上がらせる。

 両親がトコシエの開発に大きく貢献した科学者だというある少女が、重要な人間を宇宙に逃がすロケットの搭乗者に選ばれなかった理由と、その奥にあった本当の出来事は彼女にどんな思いをもたらしただろう。かつて薬品の開発で巨万の富を持ちながらも、トコシエの技術が普及して傾いた家に生まれ今は貧乏暮らしをしているある少女は、破滅しようとしている世界にどんな思いを抱いただろう。

 その時が来て浮かぶさまざまな感情や行動の、どれが自分に当てはまるのかを、読んで思うのも良いかもしれない。暴れるか。受け入れるか。逃げるか。それとも。多分とてつもなく迷いそうだけれど、ラストシーンのあっけらかんとして隕石を迎える少年少女のその明るさが、ひとつ大きな救いを心にもたらしてくれる。こういう終わり方も悪くないかもしれないと思わせる。

 たとえバッドエンドでも、リスタートができるゲームなら、案外に別の逃げ道が用意されていて、隕石は消え誰もが助かり平凡な日常が戻ってくるグッドエンドがに届くかもしれないけれど、これはたったひとつの結末しかない小説だ。だから想像するしかない、あのエンディングの先に彼ら彼女たちが得た安寧と幸福を。それがどんなものであっても。


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