サイメシスの迷宮 完璧な死体

 2013年に刊行された「永弦寺へようこそ 幽霊探偵 久良知漱」(講談社X文庫ホワイトハート)は、幽霊が見える男と、再婚する父親に反発して家を飛び出した女子高生とがペアになって幽霊絡みの事件を解決していくストーリーを持った作品だった。シリーズも3冊出たからヒットしたと言えそう。その作者、アイダサキが同じ講談社ながらもレーベルを超えてタイガから出した新シリーズが「サイメシスの迷宮 完璧な死体」(講談社、660円)だ。

 見たもの、経験したことを絶対に忘れられない性質を持ち、現在は警視庁特異犯罪分析班に所属する刑事の羽吹充に、まだ若い刑事の神尾文孝が異動してきてサポートとして付く。とっつきにくく、単独で突っ走ることも多い羽吹の暴走を防ぐ役回りとしてあてがわれた恰好の神尾。羽吹には無視され気味の中、事件だと聞いてかけつけた先で、神尾はラップにぐるぐる巻きにされ、目を抉られ両手でその目を覆わされた女性の死体に出会う。

 現場に残されていたメッセージも手がかりにして、どうしてそんな奇妙な姿で女性は死体として置き去りににされたのかを推理した羽吹は、これは連続殺人の最初の1件だと分析し、続けて似たような死体が現れる可能性があるとプロファイリングして捜査会議で訴えるものの、羽吹にとっては大学の後輩で、過去に因縁があるらしいキャリアの管理官は無視をきめこむ。

 すると今度は、目ならぬ耳を切り落とされた女性の死体が発見される。それみたことかといった状況になりながらも、羽吹が捜査の最前線へと抜擢されることはなく、さらに続くだろう連続殺人を阻止するため、神尾とともに独自の捜査へと向かっていく。

 元警備局長で、今は内閣官房参与を務めている父親がいて、兄も現役の警察官僚で、自身も東大を出ていならがら羽吹がキャリア警察官の道を選ばず、ノンキャリアの捜査官となって現場に立ち続けるのはなぜなのか。そこには、彼が何でも覚えては忘れられない超記憶を持つに到った奇妙な事件の存在があった。はた目には唯我独尊で、時に暴走気も辞さない羽吹にくっつき共に活動する中で、神尾はそうした羽吹の過去を知り、能力の凄さも知って共に犯人へと迫っていく。

 暴走する鬼才と賢明な凡才とのコンビではあっても、凡才に人徳があってそれがお互いをカバーするような関係は、「幽霊探偵 久良知漱の」シリーズとも重なるところがある。ただ、まったくまっさらな状態から始まったと思えた2人の関係に、少しだけ繋がりがあったことが分かって、傍若無人に見えても意外に気遣いや親切さを持った羽吹のパーソナリティも感じられる。実はシャイ? かもしれない。

 そんな2人を中心にして、羽吹たちとは同僚のプロファイラーの女性とか、羽吹とは友人関係にあって推理小説を書いている男性とか存在感を持ったキャラクターも関わってきて、展開の中でそれぞれに役割を見せてくれる。犯行の動機から居住している地域までをピタリと当てる、羽吹による完璧なまでのプロファイリングがあり、そこに超絶的な、けれども来歴や副作用めいたものを思えば手放しでは喜べない記憶力が乗って事件が解決へと向かう展開は、推理の余地を残しつつ圧巻の活躍ぶりで喜ばせてくれる。

 犯人を追い詰めた先で逆襲を受けて危機に陥った時、羽吹が神尾と巧みな連携をとって乗り切っていく場面は、とても新造のペアには見えない。その裏側にもしっかりと羽吹の超絶的な記憶力が関わっていた。それはどういったものかを読んで驚きつつ、もっといろいろな展開が、その記憶力を元に繰り出されてくる可能性を想像してみたくなる。そのためにも続きが読みたいところだ。

 事件はひとまず解決しても、その背後にすべてを画策した強敵が潜んでいそうな予感。それが羽吹充と競い合うような展開が今後繰り広げられるのかに興味を惹かれる。なおかつ羽吹の過去に起こった不思議な出来事との関わりも想像してみたくなる。そこには純朴な神尾文孝も巻き込まれてしまうのだろう。大変だが頑張れと応援したい。そして敵は彼かといった憶測も抱きながら、絶対に書かれるだろう続きを待ちたい。


積ん読パラダイスへ戻る