錆喰いビスコ

 戦争なり大乱があって滅びかけた世界で、苦境にあえぐ人々がそれでも復興に向けて日々を懸命に生きている物語にとって必要なのは、ここまでやっても戻らない状況への絶望ではなく、どうにかすれば未来が開けるという希望だ。

 もちろん、絶望を描くことで人々に自戒を促し、滅びていくビジョンを噛みしめさせては、今を変えなくてはと思わせる物語があっても良い。ただ、自戒しても現実となってしまう滅びのその先で、諦めないで前を向くには滅びかけた世界であっても人は自分たちの手によって未来を切り開けるのだとう前例を、示しておいた方が良い。

 もっとも、滅びてしまった世界がふたたび隆盛を取り戻すには、心理的にも物理的にもとてつもないエネルギーがいる。あるいはそれだけのエネルギーをはらえば何かを取り戻せるという確信が。第24回電撃小説大賞で銀賞となった瘤久保慎司の「錆喰いビスコ」(アスキー・メディアワークス、650円)は、そんな圧倒的に前向きなエネルギーを、圧巻の設定とともに感じさせてくれるも物語だ。

 テツジンなる防衛兵器が暴走したか壊れたかして、日本の東京地域に大穴が開き、そして世界も生き物も錆び付かせる風が吹き荒れて日本は昔とまるで違った状況になっている。人々の交流は滞り、県境も国境以上に厳重となっている日本列島を旅する少年と老人の2人組と巨大なカニがいた。カニの名前はアクタガワ。そして人間の老人はジャビ。少年はビスコ。ジャビとビスコはキノコ守りという集団に所属していて、手にした弓を放っては菌糸を植え付け敵ならキノコまみれにし、そして地面でも物質でもかまわずキノコをはやして向かってくる敵と戦っていた。

 そんなキノコ守りを世間は受け入れておらず、世界を脅かす錆を拡散させる原因だと認識しては追いかけ排除しようとしていた。ビスコも賞金がかかったお尋ね者の身でありながら、錆を完全に除去できる秘薬を探して、群馬から今は忌浜県と呼ばれる埼玉あたりまでやって来た。そこから東北を目指そうとするもののジャビ調子が思わしくない。

 それはジャビが老人であることだけでなく、全身が錆に覆われ始めていたからで、だからこそ急いでいた旅の途中でビスコたちは、忌浜県を牛耳る黒革という男に見つかり狙われる事態に陥る。そこで出会ったのが助成のような風貌をしているミロという医者の少年で、パウーという名の姉がいてシャビと同じように全身が錆に覆われ始めていた彼は、姉を救うための秘薬を求めてビスコとともに北へと向けて旅に出る。

 科学の暴走によって滅びかけ、錆に覆われ始めた世界という舞台設定も、快活で強靱で弓の腕前は凄まじく、矢を放てばあらゆるキノコを生やして操れるキノコ守りのビスコというキャラクターも、そしてビスコとミロがバディとなって世界を救うための特効薬を探して大冒険を繰り広げるストーリー展開も、どれをとっても究極めいててこれが新人なのかと思わせるくらいに凄い物語になっている。そして素晴らしいSFになっている。

 錆び付いて滅びへと向かう世界の激変にともなって変化してしまった生態系。その原因がキノコかもしれないといった噂が流れている、現実とははまるで違った、現在とはまるで変わってしまった社会の構造と生態系の雰囲気を味わえる。滅びた現れる怪物たちは異形で恐ろしげ。椎名誠の「アド・バード」や「武装島田倉庫「水域」といったSF三部作に登場する虫たちの姿を、背景となった世界観も含めて感じさせる。

 そんな世界でとても勝てそうにない怪物に迫られながらも、ひるまず挑んでいくビスコの戦いぶりが迫力たっぷりで格好いい。ジャビを黒革によって人質をとられ、救出へと向かう戦いの中でビスコは倒れるけれど、彼に鍛えられキノコ守りのような戦い方ができるようになっていたミロが代わって戦ってのける、その姿もスタイリッシュで美しい。かなわず敗れ傷つく2人。そして発動するかつての超兵器。世界が再び滅びることを止められるか? といったストーリーも起伏があって面白い。

 「風の谷のナウシカ」に描かれる、腐海が汚れた大地から毒を吸い取り朽ちて浄化していくようなイメージも感じられるその展開。「ナウシカ」ほど壮大ではなくても、変化してしまった世界を再び正常に戻すため、地球が生み出したメカニズムのようなものが感じられる。そうしたSF的な設定と、ビスコやミロ、そしてミロの姉のパウーやビスコたちにつきまとう大茶釜チロルといったキャラクターたちの魅力、彼ら彼女たちが見せる戦いぶりのすさまじさとも相まって、手に汗握る展開が読む人にページをめくらせる。

 一段落して、世界が正常になったかに見えて、ビスコたちは新たな宿命を背負ったようで、それを解消する展開、あるいは広い日本のどこかに未だ潜む権力への妄執めいたものとの戦いが続きで描かれていくのか? 単巻としてもまとまっていて面白い作品だけれど、シリーズ化されても面白くなりそう。そうなれば嬉しいし、できればパウーも登場させくれればなお喜ばしい。最高にいい女だから。


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