龍の歯医者

 オリジナルの短編アニメーションを、様々なクリエイターに作ってもらってネットで配信する「日本アニメ(ーター)見本市」というプロジェクトから生まれた長編アニメーション「龍の歯医者」は、「日本アニメ(ーター)見本市」の1本として作られた短編アニメーションの「龍の歯医者」を中に取り込みながら、背後に世界観を作り込み、前後にストーリーを付け加えることで、スペクタクルを感じさせてくれる壮大な作品になっていた。

 短編版では監督も務めていた小説家の舞城王太郎が原作を書き、鶴巻和哉が監督を務めた「龍の歯医者」の長編版を、ようこが漫画にして描いたのがコミック版「龍の歯医者」(メディアファクトリー、850円)だ。

 空を行く巨大な龍、といっても神話にあるような形ではなく、巨大なナマズかサンショウウオにも似た体躯の生き物が、大きな口に並ぶ歯を噛みしめながら生きていて、そんな龍が歯を痛めて暴れ回らないよう龍の歯医者という仕事が存在している。そして、貧しい者やはぐれた者が生きる場所を得ようと志願し、試練を受けて龍の歯医者になるまでが、短編版の「龍の歯医者」には描かれていた。

 断片だったが故に、どこかに死後の世界の暗喩めいたところも感じられたその短編版に比べると、長編版は死後の世界を漂わせながらも一応は現実の世界として認識されていて、そこで争う2つの勢力の片方に龍が守護神のごとくついていて、巨大な体躯で地上を睥睨して敵を威嚇している。

 そんな戦いが続く中で、龍がいる側にとっては敵の若き将校として不遇な死に方を遂げたベルという少年が、時々起こる蘇りとして龍の歯からこぼれ出て、野ノ子という少女のに従っていろいろと教えてもらい、龍の歯医者になっていくというのが最初の展開。そして、過去に龍で発生した巨大な菌、天狗虫が再び暴れて暴れ回った裏に、過去の事件で生き残った夏目柴名という女性が絡んでいたことが分かって、いったいどうしてなんだといった疑問が歯医者たちの間に浮かぶ。

 もっとも、柴名は歯医者を全滅させるより先に、龍の歯を痛めつけて弱体化させることを狙って暴れ回る。その中で抜け落ちた歯とともに地上へと落下した野ノ子とベルが、小さくなった歯を抱えて地上へと戻ろうとする旅を、龍がいる側にとっては敵となる勢力の隠密部隊が邪魔をして歯を奪い、龍に乗り込もうとする。野ノ子とベルはそれを邪魔しようとして失敗し、けれども食らいついて歯を取り返した野ノ子は龍の口へと急ぎ、ベルは覚悟を決めて歩き出す。

 地上へと落下していって、戦場の上を龍が飛んで異様を誇示して味方を鼓舞する展開からは、龍という生き物が観念としてではなく物理的に実在し、超常的な力を振るう一方でそれを人間たちは受け入れ、力として利用していることもあるということが見えてくる。そう考えると、試練を経て龍の歯から帰ってきた者が龍の歯医者になるというのもひとつの現実だったのだろう。歯医者の誰もが死に際となるキタルキワを誰もが自覚していて、その時を誰にも言わないまま粛々と待つといったことも。

 もしかしたらそれは、ベルのようにいったん死んだ後、龍の歯から蘇った者も同じだったに違いない。野ノ子といっしょに地上へと落ち、龍へと戻るかどうかでゴネたベルも、野ノ子が死ぬところを見たくないという理由だけではなく、自分がいつまた死ぬかをしっかりと自覚していて、野ノ子と必要以上に親しくしようとはしなかった、だから突っ慳貪な態度を取ったといった想像も浮かぶ。もちろんそうとは知らず、自分が理不尽な死を迎えた過去を持つだけに、死にあらがわない野ノ子たちが許せなかっただけかもしれないけれど。

 運命を受け入れるか抗うか。龍の歯医者になる者は運命に抗うことを許されないという。だから誰もがキタルキワを自覚し受け入れ死んでいく。そんな当たり前のことに柴名は恋情から異論を向けて天狗虫となり、ベルは野ノ子たちが運命に抗わないで欲しいと訴えた。どちらが正しくてどちらが間違っているのか、答えは示されなかったけれど、天狗虫の異形と化した柴名に美しさを覚えた歯医者もいたことに、認識が揺らぎ世界が変わっていく予兆のようなものを感じるだろう。

 結局は地上に残ることなく、野ノ子に引っ張られて戻った龍の上でベルは、野ノ子に新しい歯を持たせてあふれ出る虫歯菌を防がせる一方で、自身はひとり龍宮へと向かい、親知らずを持ってできたブランコの前に立ちふさがってその殺意を煽って撃たれ、自分に訪れたその時を受け入れた。格好いいけれど、ちょっと身勝手なベル。それだけに、残された野ノ子が、ご飯だよと言ってベルを探して歩いている姿がどうにも切なくて愛おしくてジンと来た。

 そんな個々のドラマの一方で、龍というものが死にかけては復活していく様を見て、やっぱりいったい何者で、何のために存在しているのかといった疑問も浮かんで来る。蘇って龍の歯医者となったベルが、どうして蘇ったのかといった部分でも、危機に陥る龍を救ってそして去って行くような役回りを何者かに与えられ、そして再び輪廻の話に帰って行ったのでは、といった解釈もしたくなった。

 そういうものだと受け入れるのは簡単だけれど、世界を創造した舞城王太郎にはきっとしっかりとした設定があるのだろう。漫画の刊行に前後して長編アニメーション「龍の歯医者」が劇場で公開され、そしてブルーレイとしてパッケージ化もされた。これらを読み返し、見返していくことで考えていきたい、その世界の真実を、その世界の創造者の真意というものを。


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