竜が飛ばない日曜日


 「想い」とは本来、とても重たいものなんだと思う。

 「別にいいじゃない。あれが食べたい。これが欲しい。それが見たい。どれもやりたい。そう心の中で想っていることくらい自由じゃない。どうせかなわない夢だもの。せめて空想の中でくらい、楽しい気分でいたいじゃない」。そう言いたくなる気持ちも分かる。

 分かるけれどでもやっぱり、「想い」は大切しなくてはならないと思う。いい加減な気持ちで吐き出すものじゃないと思う。それは何故? 天に神様がいて、いい加減な「想い」でもかなえようと懸命になるとかいった理由もちょっとはあるけれど、本音を言うならいい加減な「想い」は、想った人も想われた”もの”も、中途半端な状況に置き去りにして決して幸せにはしないから、だと思う。

 いい加減な「想い」によって生まれたいい加減な「世界」では、存在そのものがいい加減になってしまう。いい加減な「想い」に満足しているいい加減な「自分」では、立場そのものがいい加減になってしまう。意欲は中空に留まって、前にも後ろにも進めない、生きてはおらずかといって死んでもいない中途半端な状態に、置かれてしまう。

 そんな状態に自分だったら耐えられるか。あなただったら耐えられるか。たぶん無理だろう。そして願うだろう。「もっと強く想ってくれ」。あるいは「もう想わないでくれ」、と。

 「想い」は重たいものなのだ。いい加減な「想い」は慎むべきなのだ。そして真剣な「想い」だけが誰もを幸福へと導くのだ。と、改めて教えてくれるのが、第4回角川学園小説大賞優秀賞を受賞した咲田哲宏の「竜が飛ばない日曜日」(角川スニーカー文庫、514円)だ。

 ベランダに竜がいた。羽井貴士は不思議と思いつつも晩御飯のカレーライスを分け与えた。友人の小城竜裕が学校の屋上から飛び降りて自殺したばかりの貴士は、少しばかり思考が停滞気味だった。けれども架空の生物の竜が存在して、ベランダにとまってカレーライスを催促している様はどこか変だと気づいていた。

 月下を竜が飛んでいた。藤谷瑞海はその姿に驚いた。兄を呼んで変だと言ったら何もいないと起こられた。だから竜がいると訴えたら竜だと言われた。「で、どこに変な生き物がいあるんだ?」と返された。瑞海の兄は竜を「変なもん」とは思っていなかった。瑞海にはそれが変だった。

 そしてスタートした新しい1週間。貴士は自分以外のほとんどの人が竜の存在を当たり前を受け止めていることを知る。加えて竜が年に1回、食べるために選ぶ人間になることを、誰もが名誉と考えていることを知る。竜こそが世界の食物連鎖の最上位に位置しており、竜に排除された人間はそれだけで生きている価値を失うことを知る。

 さらにスタートする新しい1週間。瑞海は自分が同じ曜日を2回、経験していることに気づく。相変わらず竜は絶対的な存在として世界に君臨している。誰もがそのことを当たり前と受け止めている。けれども瑞海だけはおかしいと感じている。同じ曜日を繰り返すことによっていっそうの疑問を募らせていく。どうして竜がいるのか。どうして竜が偉いのか。どうして竜は人を食べるのか。

 やがて邂逅した2人が、竜を崇める世界への違和感を伴にして、竜への抵抗を見せようとした時、世界は2人を排除しようとする方向へと働く。襲いかかる危険をかわし、どうしても名誉とは思えない、竜に食べられる「補食の儀式」が迫るなかで2人がたどり着いた世界の秘密、それは……。

 ここで語られるのが「想い」の重さだ。いい加減な「想い」が生み出す曖昧さへの抵抗と、強い「想い」が生み出す勝利への賛辞だ。

 どうして竜が存在できたのか。それは古来より人々が竜の存在を「想っ」て来たから。どうして竜は世界を変えてしまったのか。それは人々が古来よりの竜への「想い」を捨てようとしたから。中途半端な存在として生まれもできず、消え去りもできない竜の悲痛な叫びが耳へと届き、人間の身勝手さを強く諌められる。

 ならばどうして貴士と瑞海は戦えたのか。それは命と引き替えにするくらいに真剣な人間の「想い」が働いたから。人間の「想い」のいい加減さを糾弾するべく生まれて来た竜だからこそ、人間の真剣な「想い」には逆らえなかったのかもしれない。かくして迎えた日曜日。竜はもう空を飛ばなかった。

 飛ばされた先が竜のいる世界だったという、ありがちな異世界ファンタジーとは違う。異次元による侵攻という、ありがちな次元SFとも違う。人間の「想い」の意味をといかけ、「想う」ことの責任を考えさせる、ある種メタ的な構造の上に成り立った、高度に思弁的な小説とも言える。

 それでいて語り口は平明。繰り出されるガジェットは意外。謎はすべて合理的に解き明かされ、読む人に感銘を与えて物語りは終息する。その力量たるやとても新人とは思えない。見逃さず、投げずに是非とも誰もが読んで欲しい、と思う。真剣に、そう想う。


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