緋色のルシフェラーゼ1

 たったひとりだけがかなえられる全能の願いをかけて、参加者たちが死ぬか生きるかのバトルを演じる物語。そう聞けばまた「Fate/Stay night」に重なる設定の話なのかと、眉をひそめる人も大勢いそう。もっともそう言われながらも六塚光の「レンズと悪魔」シリーズをはじめ、後を絶たずに登場して来るのは、それだけクリエーター側の興味をそそる設定であり、且つ工夫によっては本家も元祖も超える面白さと奥深さを発揮できる設定だから、なのだろう。

 ここに登場した伊藤イツキの「緋色のルシフェラーゼ1」(富士見ファンタジア文庫、580円)も、“愛欲”の魔王アズモデウスに“自尊”の魔王ルキフェルに、“嫉妬”のレヴィヤタンに“大食”のベルゼビュートといった具合に、古来よりの伝承の中で語られてきた7つの大罪をモチーフに持つ7大悪魔がずらりと登場。サタンを盟主に叛乱を起こしたものの、天使との戦いに敗れ罰として魔力を奪われ、人類のそれも女の子に転生させられた上に、まだ中学生の男の子から1年後に「ソロモンの指輪」をもらうことが勝利の条件というバトルを繰り広げることになっている。

 空想ではなく記録に残る魔王を持ってきたリアルさを根底に起きながらも、表面をラブコメディ的な展開で覆って、愉快なキャラクターとほのぼのとするシチュエーションで塗り上げた、そのアンバランスなバランスがなかなかに絶妙。似た設定だという飽食感を抑えて楽しませてくれる。

 ヒロインは“愛欲”を司るアズモデウスが転生した、眼鏡と三つ編みの地味な女子高生の来栖いずも。前世などまるで記憶にないまま、幼い頃から隣家の4歳年下の男の子、柱郭紺太(わたどのこうた)のことが気になって仕方なかったものが、高校2年生になったある日、前世の記憶が蘇っては自分が指輪を求めるバトルに巻き込まれていることに気が付いた。なおかつ指輪を1年後に誰かに渡すという相手が、隣の紺太少年だったからたまらない。大好きな紺太を守りその愛を受けたいというちょっぴり耽美な願いを心の中で燃やしながら、紺太を狙うほかの魔王たちとの戦いを繰り広げる。

 いずも自身が求めるのは紺太の愛。ほかの魔王はもっと直接的に魔力の復活だけを望んでいて、そのために紺太を囲って1年後を待とうとしたり、本当は無効ながらも今すぐに指輪を奪ってしまおうとする魔王たちが紺太を襲い、そのたびにいずもは紺太から呼び出されては、その時だけの限定でアズモデウスの力を蘇らせ、ついでに頭に角をつけたビジュアルも復活させて、向かってくる魔王たちを相手にする。

 いずもが覚醒する以前は、紺太の家にお手伝いさんとして住み込んでいた繭子さんという実はベルゼビュートの女性だったり、紺太のクラスメイトで実はレイヴィヤタンだったりする海姫マコトが紺太を襲う魔王と戦っていた。いずもの登場で繭子はいずもと戦い敗れて今は療養中。マコトも別の魔王と戦い怪我をしたため学校に来ておらず、ひとりいずもだけが紺太を守って戦っていた。そこに現れたのが寺山アンゼリカという少女に転生していたルキフェルで、紺太をさらって監禁して1年後に指輪をもらおうと目論む彼女を相手にアズモデウスは戦いかろうじて退ける。

 自分のために戦う他の魔王たちと違って、ルキフェルには誰か仕えている主がいる模様。それは誰だ、というところで浮かび上がってきたのが、かつて魔王たちが戦って敗れた天使たちの存在。「ソロモンの指輪」で復活を目論む悪魔を阻止するべく陰謀をめぐらせ、人間の中に眠る悪魔の力を蘇らせてあげる代わりに言うことを聞かせる力で手下を増やし、いずもや紺太や繭子さんに襲いかかる。

 何も知らない少女が過去に目覚め、そして同じく目覚めた魔王たちと出会っていくような段取りはふまず、すでに覚醒済みのいずもが戦いを始めたその時には、繭子との一戦は終わっていて海姫マコトもリタイアしていたりといった、段取りをとばして物語を要点から始めつつ設定をうかがわせていく構成は工夫の産物。ありきたり感を抑えるのに役立っているし、設定を推測しつつ理解しつつ今行われている展開を味わう楽しみ方もできる。

 また、麗しい外見の割にはなかなかにエグい闘いぶりをする魔王たちと、それ以上の悪辣さをみせていずもたちを追いつめる天使の非道ぶりも、ラブコメ的なほのぼのとした感じから一気にシリアス方面へと気分を向けさせ、目を離させない効果を出している。紺太に好かれたいといういずもの思いの純粋さと、覚醒後に繭子さんとして見せている姿が実は仮の姿でしかなく、指輪をもらえなければ病床で死ぬだけというベルゼビュートの悲しい事情とがぶつかり合う残酷さにも胸打たれる。

 一段落した戦いの後、とりあえずの休戦となった魔王と天使のなれ合い関係の裏でめぐらされるだろう天使の陰謀と、そして行方不明になった繭子さんやほかの残る魔王たちの参入によって、闘いの力学にどのような変容がもたらされるのか。その中で幼なじみだという関係性でリードしているように見えるいずもは勝ち続けられるのか。ありきたりさを超えた楽しみがここにもある。


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