ローズメリーホテル空室有り

 この歳になると、なかなか新しい漫画家、新しい作家を読もうという気が起こってこない。学生時代に比べると、本を買う金にはそれほど不自由しなくなったのに、学生時代に比べて、新しい作家を読んでやろう、新しい漫画家を見つけてやろうという心意気が薄れ、確実なもの、しっかりしたものへと流れてしまう。ケチで、臆病になってしまったのだ。

 昔読んで面白かった作家の新刊とか、昔からずっと読み続けている漫画家の新刊とか、雑誌や新聞で信頼のおける人が取り上げている新刊とかなら、まあ読んでみよう、見てみようという気にもなるのだが、本屋で山と積まれた新刊書籍、新刊漫画の中から、果たして自分の嗜好に合った作家なり漫画家を、まっさらの状態で見つけられるかというと、いささかの自信もない。その点、自信たっぷりに胸を張って、この本を読めと言える書評家、コミック評論家の人々には、恐れ入ると同時に、何が彼ら、彼女らの自信の裏付けになっているのかと、いつも不思議に思っている。

 西炯子さんは、僕が久しぶりに読んだ、新しい漫画家だ。取り上げたのは小学館から2巻まで発売されている「ローズメリーホテル空室有り」(各500円)。彼女自身はたぶん、それ相当のキャリアを積んでいるのだろうし、それ相当の人気も集めている人なのだろうけれど、僕にとっては初めて手に取る漫画家の、初めて目にする作品で、この作品が西さんの評価を決定づけるとあって、大げさだけど気合いを入れて読んだ。結論は・・・。

 面白かった。1読して、また読み直してみたいと思った。僕にとってこの再読したいという気持ちを抱かせるかが、漫画家の評価における重要なポイントで、ぱっと見の絵と、ざっとしたストーリーを見ただけでは解らなかった奥行きを、2読、3読した時に感じられるか感じられないかで、漫画家の漫画表現の優劣を、決めているところがある。描き飛ばしているような絵の持つ効果とか、キャラクターの周りに飛ぶ書き文字の意味とかを、2回目、3回目の時に、ゆっくりと咀嚼していくのである。

 「ローズメリーホテル」は、帰国子女の男の子が、おじさんがオーナーになっているボロアパートの住人になって、そこに住む人々や、学校の仲間たちとふざけあい、喧嘩しながら、成長していく物語に分類できる。そう、「めぞん一刻」であったり「前略・ミルクハウス」であったりと、過去に幾つも描かれて来たものと、同類のシチュエーションを持っている。ただし僕は、過去に似たシチュエーションがあるからといって、面白ければ良いという考えなので、ここに挙げた例は、ただの例に過ぎない。だって僕自身、これらの作品を全部持っていたんだからね。

 西さんの絵は予想していた以上に上手かった。予想とは、三浦雅士さんが編集長を務めてたと記憶している「大航海」というカタめの雑誌の表紙絵の、可愛い女の子群の絵を見てのことで、長い足、細い腰、大きな胸、小さな顔という、僕好みの女の子をイキイキと描いて、雑誌の記事は知らなくても、表紙だけは毎号しっかりと見ていた。心配だったのは、1枚絵は上手くても、動かしたり角度を変えると悲惨だった例が過去に幾つもあったことだったが、幸いにして西さんの絵はうまく動き、デフォルメしてもキャラクターが類別でき、何より女の子がみいんな可愛く描けていた。

 ストーリーにやや不満はある。吉野朔美のように、セリフを4度、5度読み返して、なおも奥深さが味わえるほとには至っていないような気がする。謎めいた登場人物はいても、ただ謎めいているだけで、結論が用意されていなかった某アニメーションのような結果になりはしまいかと、心配させるようなキャラクター設定の甘さがある。しかしたかだか2巻分で、結論を出すのはまだまだ早計というもので、3巻、4巻と続く(のだろうか)うちに、キャラクターに深みが出て、話に奥行きが出ていくのではいかという期待を、少なくともこの作品は持っている。

 ここまで誉めると、未読の作品を読んだときに、がっかりさせられる度合いが大きくなるかもしれないが、少なくとも女の子は可愛いから許す。結局これなんだね、オレって。

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