6時間後に君は死ぬ

 「6時間後に君は死ぬ」。

 とつぜん、道を歩いていて見知らぬ男からそう言われて、あなたならどうする?  普通は誰だって驚くし、怪しむし訝るだろう。不幸が襲いかかると脅してから、それを避けるための厄払いのお札があるんだとか、先祖を不幸にした罰なので、供養するための壺を買うべきだと言葉巧みに誘い込むと企む詐欺だと断じ、近寄るなと追い払って当然な輩と思って当然だ。

 けれども、相手は妙に真剣で、そして待ち合わせしていたはずの友人が、自分のことを忘れていると予言してそれが5分後にぴたりと当たってしまったから困った。とても困った。本当のことなのか。すると自分はやっぱり6時間後に死んでしまうのか。

 江戸川圭史という、昔いた超能力者をもじった名前を自己紹介した青年から「6時間後に君は死ぬ」と言われた美緒は、圭史を信じ、しばらく前から自分につきまとっていたストーカーが、自分を殺しにやって来るのかもしれないと考え、先手を取るために街に出ていく。

 運命を確かめ。そして変えられるものなら運命を変えてやる。逃げず家にこもらず前向きに美緒は自分の運命と向かい合う。

 高野和明の「6時間後に君は死ぬ」(講談社、1600円)は、予言のように未来のビジョンを見ることができる圭史をバイプレーヤーに置きながら、運命というものに直面して思い悩む女性たちを描いた連作短編集。圭史の持つ力は絶対で、そのビジョンは残酷なまでに未来を確実に言い当てる。

 だからといって、逃れられない運命を押しつけられた女たちが、悲劇に迷いもだえるだけとは限らない点が、この物語の大きなポイントだ。

 変えられない運命だからと絶望してはいけない。変えられるかもしれないと前を向き、たとえ受け入れがたい運命だとしても、それならそうと受け入れる心のゆとりを持てばいい。そうすることで何かが得られるし、もしかしたら運命だって変わってくれるかもしれないと教えてくれる。

 「水曜日に恋をしたら悲しい思いをする」と圭史に告げられた未亜も、なるほど予言どおりに涙を流し悲しみに浸る場面に行き当たる。けれどもその涙がひとりの青年を幸せにして、自身もひとつの喜びを得た。決して無駄な涙ではなかった。少女時代の自分が時を越えて現れ、脚本家になろうとしてあがく女性と出会う「時の魔法使い」も、過去を変えようとすれば変えられたけれど、そこで妥協しないで今を、精一杯生きる確信を改めて得たことが、きしんでいた歯車を前へと進めた。

 「ドールハウスのダンサー」も、20年前から置かれていたというダンサーの運命を描いた連作のドールハウスが、プロダンサーとしての道に思い悩んでいた女性に、自分自身を見つめ直させた。運命はひとつじゃない。ある瞬間ではひとつかもしれないけれど、それはいくつもの物語を負ってのものだし、そしてさらにいくつもの物語の始まりとなるのだ。

 「3時間後に僕は死ぬ」。そう自らの運命を見て諦めを抱いた圭史を導いたのも、圭史のビジョンによって未来を切り開いた女性の頑張りだった。雁字搦めになった運命というパズルをどう解きほぐし、あるいは組み立て直して、新しく素晴らしい運命を作り上げていくのかを教えてくれる、ファンタジックでロマンティックな物語たち。社会派的な設定を持つ、ハードな長編ミステリーが得意といった作者の印象からは違った短編集ながら、社会の闇よりも切実な自分の今を考えさせ、硬派なアクションよりも嬉しい幸福の明日を感じさせてくれる。

 「6時間後に君は死ぬ」。  物語を読み終えた今、言われてあなたならどうする?


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