ルリユール

 そこは、生きるものたちが紡ぎ、生きたものたちによって紡がれた物語に、過ぎる歳月がもたらした綻びを、繕い元通りにして送り出す工房なのかもしれない。

 村山早紀の「ルリユール」(ポプラ社、1500円)で、江藤瑠璃という名の少女が迷い込むようにして辿り着いたのは、本を修復する赤髪の魔法使いがいると噂の工房。そこで瑠璃は、訪れる者たちの本を直し、心を癒して安寧へと導くルリユール(本の修復士)の技を見る。

 食堂を営むおばあちゃんの家へ、夏休みに入った瑠璃は、姉や家族よりもひとあし早く向かうことにした。ところが、到着した食堂におばあちゃんはおらず、聞けば階段から落ちて怪我をして、近所の病院に入院してしまったという。どうするのと近所の人に聞かれた瑠璃は、せっかく来たのだからと、おばあちゃんの家に泊まって、姉や家族が来るまでひとりで過ごすことにした。

 そんな瑠璃の耳に聞こえてきたのが、本を修復する仕事をするルリユールの存在。おばあちゃんが暮らす街に工房を開いていて、どんな本でも直してしまうと噂になっているそのルリユールに会いたいと思った瑠璃は、夢の中を導かれるようにして不思議な屋敷にたどり着き、そこで玄関の前に倒れている赤い髪の女の人を見つける。

 駈け寄って話しかけると、別に病気でもなかったらしい女性は、クラウディアと名乗り、自分が本を直すルリユールだと告げ、屋敷へと瑠璃を招き入れてそこで本を直したり、作ったりする依頼をこなしている姿を見せる。街中で瑠璃がすれ違った編集者らしい人物は、放浪先の海外で死んだおじさんから届けられた古い「宝島」の本を直して欲しいと持ち込み、そこで本にメッセージが書き込まれているのを知って、思い出を甦らせて中年になってしまった自分を今一度、奮いたたせて明日へ向かい歩きはじめる。

 また、今はアルバイトをしながら、ライターのようなことをしている中年の男性は、かつて友人のところから密かに持ち出してしまった図鑑を直して欲しいと、クラウディアに頼みにやって来る。その友人だった男性は、寂れた商店街にプラネタリウムを作ってひととき、盛り返したものの大きなショッピングモールが出来てすぐに廃れ、プラネタリウムも閉鎖となってしまって受けたショックから、精神が大きく後退してしまっていた。

 そんな彼から子供の頃、夢をもらっていたことを中年の男性は思い出し、図鑑を綺麗にして返したいとクラウディアの元を訪れた。ルリユールの技術で元通りに近い状態になった図鑑を返してもらった友人は、不思議と自分を取り戻してもう一度、頑張ってみようと決心する。

 古書店に瑠璃を行かせて、古くなったのと同じ図鑑を何冊か買わせて持ち帰らせ、そこから中年の男性が持ち込んだ図鑑の破損しているページを抜き取って入れ替え、元通りに近い状態へと修復するクラウディアの手並みは、まさしく本を修復するルリユールならでは。現実の世界でも通用する職人技だろう。

 ただ一方で、クラウディアにはもう少し別の顔もあって、瑠璃がおばあちゃんの街で知り合った少年が失ってしまった過去を、ある存在から写真として受け取り、1冊のアルバムを仕立て上げたりもする。

 この世とあの世の狭間にあって、現実に生きる人たちが心に抱えた悩みもきれいに修復する。違う世界を生きる存在が残した思いをくみ取って、形にしてみせたりもする。そこからは、物語が詰まった本を直すルリユールという職人の話であると同時に、人生という物語に生まれる迷いや悩みを治す、セラピストの話としての面立ちが浮かび上がって来る。

 幾つもの過去を後悔する心が埋められ、未来へと導かれていく様に瑠璃もまた、抱えた過去を受け止め前へと歩み出す。優しい姉や両親の思いとは別に、瑠璃が抱え続ける“家族”への恋情とそして後悔の念。それらが重なり合って生まれた幻想の時間が、過去を認め今を知り、未来をつかもうとする心を、そっと後押ししたのかもしれない。

 そこは生きるものたちが紡ぎ、生きたものたちによって紡がれた物語に、ひとつの形が与えられる場所。もしも心に後悔があるなら、そして後悔を抱えたまま彷徨っているなら、クラウディアの工房を訪ねてみると良い。そういう人にはきっとたどり着ける場所だから。そして幸福がもたらされる場所だから。


積ん読パラダイスへ戻る