霊能探偵・初ノ宮行幸の事件簿

 初ノ宮行幸。どこかで聞いた名前だと思ったら、山口幸三郎の「天保院京花の葬送」シリーズに出てきたスーパーアイドルにして霊能力者のユッキーだった。死者の声を聞くという喪服の美少女、天保院京花と対抗する役柄として登場しては、京花に先んじられるどこか当て馬的なキャラクターだったけれど、そんな行幸を不憫に思ったか、新しく彼を主人公にしてスタートしたシリーズが「霊能探偵・初ノ宮行幸の事件簿1」(メディアワークス文庫、630円)だ。

 『小倉秋葉』という希代の歌姫に感動して、彼女が所属していた芸能事務所にマネージャーとして勤めようとしたものの、すでに小倉秋葉は引退して、代わりに周防つばさという新進のアイドルの面倒を見ることになった小路美雨という女性が、つばさに付いてレコーディングスタジオへ赴くと、そこにとてつもなく美麗な青年と女性が現れた。

 スーパーアイドルとして売り出し中の初ノ宮行幸と、その双子の妹でマネージャーを務めている由良。そのスーパーアイドルが面識もないはずの美雨になぜか近づいてきて、芸能界は向いていないと言ってきた。理由も分からずその場は別れたものの、直後にスタジオに現れる謎の存在に引っ張り回されることになった美雨は、行幸が持っていた霊能力の力で助けられつつ、そのまま行幸の事務所へと連れて行かれ、挙げ句に行幸のマネージャーとして引き抜かれてしまった。

 理由は、美雨が霊を引き寄せる『渡し屋』体質だったから。放っておくと近隣に被害が広がりかねず、自身の命も危ないということで、霊を払える行幸の監視下に置かれることになった。

 芸能面は由良が仕切っているため、美雨が担当するのは霊能士としての行幸のアシスタント。男性ばかりを狙い車の事故を引き起こす幽霊が現れる事件では、山道に置いてきぼりにされてはねられ亡くなっていた女性の霊を鎮め、婚約者が結婚前に死んでしまってから10年が経ち、新しく結婚することになった女性の夢枕にかつての婚約者が現れるようになった事件では、その彼が彼女に残そうとした何かを探して未練を断ち切る。

 悪さをする霊も、元はと言えば事件の被害者のようなもので、悪霊として虐げ打ち払うのはしのびなく、美雨は何とかしてあげたいと同情を寄せる。対してクールな行幸は霊たちをあっけなく成仏させて美雨を嘆かせる。もっとも、裏ではしっかり相手のことも考えている行幸。元婚約者の枕元で発せられる声の意外な正体を突き止め紹介して、10年の時を経ての喜びを与える。

 なんだ良い奴じゃないか初ノ宮行幸は。「天保院京花の葬送」シリーズでは負けん気が強くて出しゃばりな、いけ好かないナルシストのイケメンに描かれていたから印象がガラリと変わりそう。それとも時間が経って成長したのか。そちらのシリーズには美雨は出てきてなかった記憶があるし。あるいは同時進行していて、いずれクロスすることがあるのかもしれない。

 もちろん、単独でも十分に面白い。ラジオのパーソナリティがスタジオで幽霊のようなものに切りつけられ、スタッフにも顔に異常が現れる事件では、美雨をおとりのようにして真犯人を暴きつつ、その犠牲になった行幸と長い関わりがあった女性の無念を晴らしてみせる。クールでいけ好かないようでいて、実は優しい霊能探偵ぶりが堪能できるシリーズ。由良ともども何か目的を持って行動しているらしく、それが見えてくる今後と、そこに美雨がどう絡むかが今から気になる。

 美雨自身も今はどうにか霊が集まってくるのを防げているけれど、いつまでも行幸たちに払ってもらっているわけにはいかなそう。かといって、祖母がくれたという強力なお守りはもうない状況でどうやって自分を保つのか。修行するのか。それとも新しいお守りを見つけるのか。強力なお守りを作ることができた祖母がどういった人物なのかも気になる。

 そうした部分が同じ物語の中でクロスし、美雨と行幸との出会いが偶然ではなかったといった展開があっても面白いかもしれない。さらに天保院京花も絡んでの霊能探偵合戦。読んでみたい。


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