楽園通信社綺談

 就職とか転職とかって忙しい行事が重なって、1990年から95年くらいのサブカルとかオタクの文化から離れてしまい、当時の情勢にあまり詳しくない人間にとって、いったいどれくらいの度合いで喜ぶべきものなのかが、今ひとつつかみにくいところがあるけれど、そんな時期にドップリとハマっていた世代からは、歓喜と絶賛を持って佐藤明機の「楽園通信社綺談」(コスミック出版、952円)復刊は、迎え入れられるのだろう。

 90年代前半という、おおむねそんな時代に模型雑誌の最先端を突っ走っては「ガンプラ」をはじめ様々な情報を伝えていた「ホビージャパン」を刊行する、ホビージャパンが出していた漫画誌か何かに連載されていたのがこの作品。10年以上も昔の作品ということになるけれど、当時に刊行された単行本が今もって稀覯本として崇め奉られている様を見るにつけ、相当な影響力を当時の読者に与えたのだろうとは想像できる。

 じっさいに読めばなるほどこれならヒットするはずだと、納得できる部分が多々。まずはメカに美少女に不思議な生き物と、吾妻ひでおあたりを源流にSF漫画の世界でもてはやされたモチーフがふんだんに登場するところのインパクトが大きい。そしてSF的な設定が垣間見える点も。単なるドタバタの奥に置かれた味わい深い設定が、メカに美少女といったモチーフだけに入れ込んでいるんじゃないと思いたがる、読者の気持ちを安心へと向かわせる。

 どこかにある、ゴチャゴチャと家々が積み上がった搭状の世界の一角に建てられた「シンプレックス通信社ヘヴン支局」から誘われ、寄稿することになったメイウルフ・M・メイフィールドという女流作家が支局を訪ねると、同じく雇われたカメラマンしか見えず支局長はいない。時空が折り重なるようになった支局の中を探検したりしているうちに、寝ていた猫が起きあがってタイプライターを打ち始め、はじめてその猫が支局長なんだと分かる。

 以後、物語はメイフィールドを中心にして、猫の支局長やらカメラマンやら魚みたいな機械を操り物や人を運ぶ女の子やらが絡んで来る中で、奇妙な出来事が起こっていき、それに驚いたり慌てたり解決したりしていく展開の連作短編として進んでいく。途中から女の子の素性も明らかになって、親戚らしい少女の乱入もあったりして、SFっぽくてファンタジーっぽい設定が浮かび上がって来る。

 それが最初っからあったものなのか、絵の雰囲気も少しづつ変わっていく中で生まれた設定なのかは分からない。箱庭的な世界で起こる奇妙な話を堪能していた展開を、美少女バトル的なエンターテインメントへと引っ張っていかれることに異論を覚える人もいるかもしれないけれど、最後にグッと盛り上がって楽しませてくれるストーリーがあるから、それほど気になることはない。むしろもっとたくさん、因縁もあれば謂われもあった2人の少女が繰り広げるバトルの続きを、読んでみたいという気にさせられる。

メカと美少女と不思議な生き物たちが、レトロな雰囲気の中で動き回るというモチーフは、同じくコスミック出版から出た粟岳高弘の「鈴木式電磁気的国土拡張機」(コスミック出版、952円)とも重る。吾妻ひでおの時代から大野安之あさりよしとおあたりを通り、粟岳高弘へと脈々と受け継がれて来ているテイストの間に立って、90年代前半をつないでいるのが佐藤明機のようにも思える。

 80年代中頃から後半にかけて世を席巻し、当時のSF漫画好きで美少女漫画好きを熱中させた、かがみあきらや藤原カムイやMEIMUといった、ロリータ系SFコミックのテイストも含みつつ登場して来たような雰囲気も持つ。そういったジャンルの作品をこよなく愛する人間だったら、たとえ同時代的に佐藤明機の作品を目にしていなくても、ひとめで気に入ることは間違いない。

 10年近くにわたって埋もれてしまっていたのは残念というより他にないが、ここに復活したことは喜ばしい。待ち望んでいた人には当然として、これが初見という人にとっても大きな意味を持つ。世に出回っている最新の作品と比べても、遜色のない面白さを持ち、絵でも物語でも楽しませてくれる作品集。何か面白そうな作品を探している人なら、買って決して損はない。


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