PUFF パイは異世界を救う

 現代の世界で仕事をしている人間が今、異世界に転移なり記憶を持ったまま転生したとして、いったい何ができるかを考えた時に、大企業の総務や人事や企画部門のエリートサラリーマンでは何の技能もない上に、体力もないため肉体労働もできずにそのまま飢え死にしそう。むしろコンビニの店員さんの方が、対人スキルがあって販売のような仕事ができるため、どうにかこうにか生きて行けそうな気がしないでもない。

 現代世界と異世界とでは役にたつスキルも知識もまるで違う。それは、羊山十一郎の「PUFF パイは異世界を救う」(星海社FICTIONS、1300円)の主人公、吉見龍太郎という男の異世界での活躍ぶりがよく表している。なにしろ彼の現代世界での仕事は、歌舞伎町でのセクキャバの呼び込み。大企業の総務や人事や企画部門と比べて決して、世間的に上位と認められているものではない。

 それが異世界では違った。女を相手に暴れる男を止めようとして殴られた龍太郎が、気付くとそこは異世界。ルーシアという巫女になろうとしていた女騎士に助けられたものの、一定期間、そこを動いてはいけないという決まりを破らざるをえなかった彼女の、巫女になるという道を断ってしまったこと、そして、異世界で知り合った食堂の娘が奴隷として売られるかもしれない危機にあったことから龍太郎は、一肌脱いで恩返しをしようと考える。

 それが「ぱふぱふ」な店を開店しての金儲け。娼館があって奴隷もいたりして性病もあってとリアルにシリアスな世界が舞台で、神様による偶然だとか奇跡とかは起こらない。龍太郎にもそうしたご褒美のような異能は与えられていない。だから龍太郎は、セクキャバの呼び込みとして鍛えに鍛えたコミュニケーションの能力を生かし、奴隷を借りて胸にだけお触りOKの店を異世界に開くことにする。

 最初に世話になった娼館とは商売敵にならず、むしろ共存共栄が可能と持ちかけ、そこで客引きをすることも認めてもらう。地元を仕切るヤクザには、娼館ではないからみかじめ料は払わないと若きボスに認めさせる。仮に現代の繁華街に新たに店を構えようて起こるだろう商売敵との対立であったり、地元を仕切るヤクザへのみかじめ料の支払いであったりといった問題を、どう乗りこえていけば良いかが異世界を舞台に描かれていて、妙なリアルさを感じさせる。商売を始めるのは大変なのだ、現代世界であろうと異世界であろうと。

 一方で、現代世界では風俗の枝分かれなりセグメント化なりから生まれたお触りだけがOKのおっパブという形態が、未だ異世界には存在していないというギャップが龍太郎の栄達に役立った。異能であったりチートであったりといった異世界への転移・転生によくあるギフトではない、ある種の情報格差を活かして生き残る術を見つける方策というのも教えられる。現代でも、こうした隙間を狙って事業を立ち上げ育てる手法は役立つかもしれない。

 そうやって龍太郎が立ち上げた店は、ちょっとした時間を使ってちょっとだけぱふぱふできると男たちに大人気となったけれど、それは単に自分だけがいい目を見る商売ではなかったところがこの作品に重みを与えている点か。龍太郎自身の意識の底には、現代世界で子供の頃、娼婦らに拾われ育てられた過去があり、女性を食い物にしてのし上がっていこうという気はなかった。

 現世でもリアルにシリアスな境遇だった龍太郎の設定が、異世界でも奇跡に頼らせず才知と努力によって成り上がらせたと言えそう。そこが読んでいて心強かった。神様に与えられたチート能力だけで最強を決め込む異世界転生・転移系の作品が多い中、自分の身こそが最大の武器なのだと改めて感じさせ、居住まいを正させてくれる設定だ。

 奴隷制度があり、娼婦がいて騎士もいて宗教の教義もあってとしっかりした設定の上に構築された異世界で、合理的に娼館ならぬおっパブを開きそれを繁盛させる筆致が見事。虐げられた者たちへの暖かい視線にも喜べる。たとえヤクザのボスにキレられても、女の子を一定時間休ませるために店には出さない配慮。それを口にしない潔さも格好いい。

 そんな龍太郎の前に事件が起こる。連続する娼婦殺しの犯人を見つけようと動き回った先で起こったある出来事に龍太郎はどう立ち向かう? 犯人捜しのミステリの要素も漂う。

 結果、ひとまず窮地は脱したものの、店は元の食堂に戻してあげて新しく店を構えることになった龍太郎。新しく用心棒も雇いヤクザのボスとも関係を気付いた先で新たなる事業を興すのか。それはもしかしたらこの世界全体を変えるような動きになるのか。などという続きも想像したけれど、果たして続くか。


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