ぱんほー!

 パンツァー・フォー!

 だから「ぱんほー!」(HJ文庫、619円)なのかと、ゆうきりんの作品を読んで誰もが納得。戦車によって繰り広げられる迫力の戦いを堪能させてくれる。様々な要素によってもたらされる平和への思考と共に。

 歴史が現実とは少し違って、アドルフ・ヒトラーの自決によってベルリンは陥落してさあ残るは日本となった次代。ヤルタ会談で連合国の日本への対応が決まったのを察知して、日本は後のポツダム宣言受諾をせず、単独で米国と講話して国体護持に成功する。

 対日参戦を目論んでいたソ連は怒ったものの、程なく起こった国内の混乱を収めるために米国とは対峙できず、ベルリンを陥落させたドイツを占領・統治する余裕もなく、ただ見守るばかり。米国も遠いヨーロッパを統治する謂われはなく、英国もフランスも占領にまでは至れない。

 かくしてドイツは、世界から関心こそ持たれながらも占領されず、統治もされないまま、武器を持った軍人たちがそのまま野に下って力で支配しようとする、カオス的な状況で放っておかれてしまった。ソ連や連合国から逃げ出した輩も混じって大混乱が続くドイツでは、武器を持たない国民たちは対抗のために傭兵を雇い、毎日を凌ごうとしていた。

 内戦よりも内乱よりも悪い無法地帯のドイツは、いったいどんな状況になっているのか? それを取材し報道したいと使命に燃えた五色将角という少年が、はるばる日本からライカを引っさげ乗り込んできた。ところが、志は高くても現実の厳しさを前に将角が絶望を悟るまでに時間はかからず、激しい攻撃の中で命は風前の灯火となっていた。

 そこに現れたのが1台の戦車。愛称を「ヘッツァー」と呼ばれる回転砲塔を持たない駆逐戦車で、戦闘に打ち勝ち混乱を収めたその戦車の中から現れた軍人を見て、将角はどうしてそんな人間がいるのかと驚いた。少女。それも美少女。見ほれていたら見つかり撃たれ、気絶して気づくと少女は将角のカメラを奪おうとしていた。

 暴れる将角にカメラの奪取を諦めた少女は、ヒルデガルドという名で別に亜子とカトリーヌという2人の少女といっしょに「ヘッツァー」を駆り、暴れる戦車や軍人たちを金で雇われて狩り出す仕事をしていた。

 これは興味深い被写体だと、将角は3人に着いていきたいと願い出る。最初は将角を見捨てようとしたヒルデガルドたちだったが、彼が持っていた通貨代わりの金を差し出す代わりに保護を約束。もっとも途中で将角は金を落としてしまい、代わりに労働によって対価を支払うと申し出る。

 そして将角は車長のヒルデガルドと操縦する亜子、砲の発射を受け持つカトリーヌだけではこなしきれない砲への弾の装填を受け持つメンバーとして迎え入れられ、ついでに料理人にもなって少女3人だけの戦車隊に、たった1人の男子として加わり仕事に励む羽目となる。

 天才的な勘と知識で戦車隊を指揮するヒルデガルドに、圧倒的な技量で戦車を操縦する亜子に、超絶的な腕前で百発百中を見せるカトリーヌ。癖はありながらも技能に秀でた少女たちが3人寄った戦車は無敵、かというとそこは戦場だけあってピンチも起こり、命も危険にさらされる。

 将角を加えて始めて請け負った仕事など、出没する幽霊戦車の探索という容易に見えた内容だったものが、赴くと逆襲されてこれは何だといきり立ち、だったら退治してやろうと反撃に乗り出して更なる危険を招く。少女たちだけだったら撃破されていたかもしれない。

 けれども、新たに加わった将角の観察力と知識が、ヒルデガルドたちを救い、助けて勝利へと至らしめる。男冥利に尽きる瞬間とはまさにこのこと。もっともそれで奢る暇などないのが戦場で、夢ばかり見て現実を見ない純粋で真っ直ぐなジャーナリストの心情では、赦せない事態も起こって頭を悩ませる。

 破壊された施設や、殺害された者たちから金品を奪う行為は通常は絶対に正しくない。けれどもそこは戦場、というより無法地帯では生き残ることが何より優先される。八方美人のジャーナリスト魂では生き残れず、従って抜け出て世間に惨状を伝えることもできないと知って、ジャーナリスト志望者はいったいどう振る舞うべきなのか? 突きつけられる課題はこれで結構大きく、そして重たい。

 戦車戦の迫力たっぷりでスリリングな描写はミリタリーに詳しい人でも納得の内容。動き回る美少女たちの生きるに必死な姿も同意とはまた違った感慨を招く。その幼さでどうして戦場に立つことになったのか、といった過去への興味も大きく惹かれる。

 平和ボケしがちな国に生きる者たちに、楽しさと迫力の中でひとつの指針を与えてくれる点でも貴重な1冊。シリーズ化されるた暁には、少女たちが何故にそこにいて、そしてどこへ向かおうとしているのかを是非に知りたい。

 もうひとつ。美少女たちが3人が乗った戦車の中がどんな香りで満たされているのかも興味のポイント。男子には嬉しい空間に思えても、戦場の苛烈さは香りに猛烈な毒を混ぜ込む。ビジュアルの麗しさに漂う香りの凄まじさが果たしてどんな空間を現出させるのか。是非に知りたい。機会があるなら嗅いでみたいものだが、さてはて。


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