おとこ
娚の一生

 「娚」という文字は、普通はどうやら「めおと」すなわち夫婦という意味を持っているらしい。なるほど西炯子の「娚の一生 第1巻」(小学館、400円)は、ひとつ屋根の下に暮らすひと組の女性と男性の物語になっている。だがタイトルの読み方は「めおとのいっしょう」ではなく「おとこのいっしょう」。そこにいったいどんな意図があるのかを知ることが、物語の理解に大切な要素となっているのかもしれない。

 三十路も半ばに達している堂薗つぐみは、東京にある大手電機メーカーに入社して、原子力事業部のプロジェクト管理課という重要な部署で、課長という役職にあるキャリア女性。重電メーカーにとって原子力は、金額の規模が大きいうえに折衝の範囲も広いことから重、要な部署といった位置づけにあるのが通常。そこで30代で課長に就いているつぐみは、仕事については相当なエリートといった立場にあるといえる。

 もっとも男運にはあまり恵まれていないらしく、社内で付き合っていた相手と結ばれることなく離別した経験などもあって気持ちがぶれていたのか、大きな案件がひとつ片づいたことを契機にしばらく長期休暇を取得しようと、幼い頃に面倒を見てくれた祖母のいる田舎へとやって来た。しばらく前に鍵を預けてくれていた家に行くと、祖母は入院中でさらにそのまま病院で死去。つぐみは親戚一同が集まる中で葬儀に出て、親戚が帰った後もそのまま祖母の家で暮らそうと考え始める。

 そこに現れたのが謎の壮年男。海江田醇と名乗った彼は、祖母が大昔に大学で講師をしていた頃に学生だったといい、51歳になった今もで大学で教授をしていて、祖母の家から新幹線で30分ほどの場所にある大学で臨時に教えることになったことから、やっかいになろうとやって来たらしい。聞けば彼にも祖母は離れの鍵を渡していたという。何のために? 彼は祖母のいったい何? あれやこれやと想像は膨らむものの、飄々として辛辣な言葉は吐くものの、過去については通り一遍のことしかいわないため、なぜ彼なのかがつぐみには分からなかった。

 恋愛では敗北し、仕事でもどこか用済みのような印象を覚えていたつぐみ。回ってくる仕事だったら田舎で在宅勤務をしても大丈夫なのかもと感じていて、伝えてみたら止められることなく認められてしまったつぐみ。それならばと都会で疲れ果てた心を落ち着けようと、新たに居に定めた場所に現れた闖入者。追い出したい、追い返したいと態度で示し、言葉につむいだもののそこは哲学教授で言葉を弄するベテランの海江田。言葉巧みにつぐみを納得させ、関西なまりの図々しさもかぶせて祖母の家を出ていこうとはしない。

 さらには集まった親戚を前につぐみと結婚したいまでいい出す始末。まさに青天の霹靂寝耳に水。大慌てで否定すれば良いところを、つぐみは最初こそ驚きながらも強引な海江田の態度に押され、無くしたネックレスを雨の中、走り回って探して来てくれた海江田のことを真っ向から否定はできないまま、次第に心を体を近づけて行った。

 三十路女性と五十男のラブロマンスという、少女マンガ誌にはなかなかにない設定で、西炯子にとっても異例の展開を持った物語でありながらも、時にギャグめいた描写も混じりながら描かれる漫画そのものの面白さはまさしく西炯子的。一筋縄ではいかない恋を描き続けた漫画家ならではの筆さばきが、読んで目を引きつけさせる作品へと「娚の一生」を仕立て上げている。

 主人公がつぐみである以上は、「娚の一生」の「娚」はつぐみと取るのがおそらくは普通。そこに「女」ではなく「男」でもない「娚」を使い、「おとこ」と読ませようとしたところに、男性と結ばれ子にも恵まれた「女」ではなく、かといって家庭など顧みず恋に悩むなんてことはしないでひたすら仕事にかける「男」にもなり切れない人間の、それでも男性的な社会生活に浸らざるを得なかった「娚=おとこ」の物語を描きたいという、意図が果たしてあったのか。あるいは普通に「娚」は海江田淳と見るべきなのか。どっちつかずの不思議なカップルを合わせて「娚」ととらえようとしたのか。

 いずれとも取れるところに性差が立場を決めづらくなり、けれども性差が隠然として残り漂う社会で曖昧さに漂う人間たちの、少なからずいる現実というものが浮かび上がってくる。

 漫画を読む世代が上へと上がっている昨今、働きながらもどこかに虚ろさを抱えているハイエイジの女性が、自分にもこんな出会いがあったらと感じて読めばそのまま引きつけられそうな物語。また三十代を半ばに達しながらも若々しくて美人過ぎてスタイルが良く、仕事をさせればキレ味するどくこなしながらも、風呂が面倒だからと台所で半分裸になってタオルで体を拭き、布団をしくのが面倒だからとそのまま椅子で寝たりするつぐみというキャラクターのズボラな性格を、女性に縁遠い男性諸子も好みそう。

 あとはやはり海江田淳の飄々とした生き方にも、女性男性の共にファンが多くつきそう。どん詰まりを覚えて汲々としている時に、そんな生き方もあって良いんじゃなかと教えてくれそうな物語。果たしてつぐみは幸福になれるのか? それはどんな幸福か? 予想しながら続く展開を楽しもう。


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