オタク学入門


 僕は「オタク」だろうか。

 漫画の単行本は3000冊くらいしか持っていないし、コミケには1度も行ったことがない。アニメも今では週に3本くらいしか見ないし、アニメ映画や特撮映画は年に1本も見ればいいほう。何より家にはビデオがない。ガレージキットは作らないし、ファミコンもプレステもセガ・サターンも触ったことがない。これで「オタク」と名乗ったら、全世界の「オタク」から非難をあびること請け合いだ。

 なのに僕は、会社では「オタク」と見られている。ちょっとばかしアニメのことを知っていたり、漫画の単行本を持っていたり、アイドルの名前を知っているだけで「オタク」と呼ばれて蔑まれる。僕は声を大にして言いたい。あなたたちは真の「オタク」の凄さを知らないのだ。

 岡田斗司夫・東大教養学部「オタク文化論」ゼミ講師(長い肩書きだねえ)の2冊目の著書「オタク学入門」(太田出版、1400円)は、「オタク」の凄みを知らない「フツーの人」のために、「オタク」の何たるかを解説した入門書だ。「フツーの学生生活」を送り、「フツーの会社」に入った「フツーの人」は、世界に冠たる日本文化の代名詞「オタク」の凄さを、この本で存分に知らされることになるだろう。

 例えば第1章「オタクの正体」の第3項「オタクが情報資本主義社会をリードする」を読めば、「オタク」が「おもしろい」という主観的な価値観を頼り、一方的にしかけられる情報戦争のウラを読んで、商品を選んでいることに驚かされるだろう。雑誌やテレビが作り出す流行に「オタク」は乗せられない。そして自らの価値観に合致したものに対しては、持てる資金力を投入し、その全てをさらい尽くそうと懸命になる。

 ダサイ格好をして、あまりお金をつかわなそうに見える「オタク」を、「フツーの企業」は頭から莫迦にして、マーケットにしようとはしなかった。だが「オタク」の購買力の凄さに気がつき、「オタク」の心が解る「オタク」を起用した会社、「オタク」が集まって作った会社は、「価値観が多様化した社会」という、その実「価値観を創出できなくなった社会」の中で、「フツーの企業」が試行錯誤を重ねるなかで、確実にマーケットをつかみ、成長し、巨大化している。

 世界中で増殖する「アニメ」と「コミック」と「声優」のホームページ。マイケル・ジャクソンのビデオクリップに登場し、アメリカで、アジアで、ヨーロッパで大人気を博する日本のアニメーション。パクり、パクられ、またパクり返す日本と米国の映画やアニメやコミックの数々。「東大」という国内では最高の権威を使って語りかける岡田斗司夫によって、「フツーの人」は「オタク」がもはや全世界的なブランドであることを、ようやくにして知ることになる。

 本書では、大手の企業が人気があるからと思って空山基を起用して制作したアニメが大コケし、美樹本晴彦を起用したガイナックスのアニメが大ヒットした経緯が語られているが、マルチメディアブームの中、上は総合商社やパソコンメーカーのような大企業から、下は社員数人のベンチャー企業までが、こぞって売れる「コンテンツ作り」「コンテンツ探し」に狂奔している現状を子細に見ると、同じ愚を繰り返している所が決して少なくない。

 そうならないためにも、「フツーの人」に、本書を手にとって欲しいのだが、これらの文章を読んで、「オタク」のこだわり、「オタク」の価値観、「オタク」の眼がわかり、「オタク」に受ける商品を作り出せるようになるかというと、いささかの疑問を覚える。「フツーの人」には、「オタク」の偏執的な部分しか、眼に入らないのではないだろうか。バイアスのかかっていない、純粋培養の「フツーの人」に、是非とも本書の感想を聞いてみたいところである。


積ん読パラダイスへ戻る