奧ノ細道・オブ・ザ・デッド

 傑作オブ・ザ・デッド。

 なんて感じに語尾に“オブ・ザ・デッド”を付けてみると、何かとってもぐちゃぐちゃとして、どろどろとして、ぬらぬらとしていそうな雰囲気が漂うもの。こいつの場合も同様で、その名も「奧ノ細道・オブ・ザ・デッド」(スマッシュ文庫)は、タイトルを見れば何がどう描かれているかがピンと来て、そしてぐちゃぐちゃとして、どろどろしてぬらぬらとしたシーンが、東北を舞台に繰り広げられるに違いないと感じさせる。

 むしろ、出オチに近いタイトルとも言えるかもしれないこの作品。「古池や蛙飛び込む水の音」という俳句で有名な松尾芭蕉が、東北地方を旅して書いた「おくのほそ道」を下敷きに、オブ・ザ・デッドすなわちゾンビが道中に現れ、芭蕉たちを襲う話だろうと想像が浮かんでくる。

 けれどもそんな安易さにまとまらない。どういうキャラクターが登場して、どんな展開になっているかというところで、第1回アガサ・クリスティー賞というミステリーの正統な賞を受けながら、その刊行より先にこの作品を世に問うことになった森晶麿の、そんな多彩さ、あるいはひねくれ具合が、物語の中に思いっきり炸裂しているからたまらない。

 何しろ俳諧師の松尾芭蕉がイケメンの青年で、付き従う曾良という弟子が女装の似合う美少年。そして、江戸に突然現れたゾンビたちが、どうしてこんなに増えたのか、その理由を探るべく柳沢吉保に命じられて赴いた北関東から東北の地域で、芭蕉や曾良たちが出会う奴らは、最初は人間でもすぐに襲われゾンビと化し、芭蕉にくないをぶち込まれて倒されるという、激しくてスピード感たっぷりの展開で進んでいく。

 途中に出会った美少女の姉妹は、ゾンビじゃないけれどゾンビに人肉を与える悪行を遂行しようとして、芭蕉たちを襲ったもののかわされお互いに胸を刺して死ぬという悲惨な末路を迎える。曾良と出会ったいたいけな少女も、現れたゾンビから曾良を守ろうとしてゾンビにかまれた挙げ句、ゾンビとなって暴れ出したところを、芭蕉によって一撃で滅殺されてしまう。離別の情緒も何もあったものではない。

 もっとも、そんなスピード感でつづられるからこそ、文庫というそれほど長くはできない物語の中で、江戸での端緒、北関東での騒動から東北へと入り平泉へと向かう道中を、しっかり描いては行く先々での戦いを、描いていかにも「おくのほそ道」を読んだといった気持ちにさせてくれる。

 なおかつ素晴らしいのは、本物の芭蕉による「おくのほそ道」で詠まれる俳句のことごとくが、同じような場所でそのままに詠まれるものの、状況が現実とはまるで違っているところ。発句のほとんどの場面がゾンビとの激しい戦闘の後。だから、自然の移ろいを詠んだ元の句のような、静謐な風景とはまるで違った陰惨で血みどろな風景が、その句から瞼の奧へと浮かんでくる。

 この「奧ノ細道・オブ・ザ・デッド」を読んだ後で、本物の「おくのほそ道」を読んだ時にいったい、読者の脳裏にはどんな風景がひろがるか。風か吹きすさぶ荒れ野に、かつてここを根城に戦った武将たちの思いだけが漂うのか、それともミイラからゾンビとなって甦った武将たちが、うじゃうじゃと動き回っては凄惨なバトルを演じた光景が浮かぶのか。あまりに強烈な後者の光景に、きっと誰もが「奧ノ細道オブ・ザ・デッド」に引っ張られてしまうことになるのだろう。

 そんなバトルもあれば、曾良が女装して艶姿を見せたり、芭蕉との禁断の恋愛めいた雰囲気も漂う作品を飾る表紙と、導く口絵漫画と彩るイラストは、現代に忍者がいたら果たしてどういった生活をしているのか、といったテーマでイラストを描いて評判のイラストレーター、天辰公瞭さんが担当。耽美で美麗なキャラたちを、おぞましいゾンビともども描いてみせてくれる。

 萌え絵一辺倒のライトノベルにあって、突出した耽美さと艶やかさを持ったイラストは、本編の凄まじくも素晴らしい作品へと、当然のように与えられるだろう絶賛とも相まって、世間にその存在を強く認知させるに違いない。

 共に著しい注目を集めたその後は、完全な解決を見ないまま東北の地で立ち止まっている芭蕉と曾良の旅の行方、謎めくゾンビたちの正体、さらには江戸城の奧で起こっている政変とも革命とも言えそうな事態の今後などを、共に書き知るし描き染めていってくれると信じたい。


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