独創短編シリーズ
野崎まど劇場

 いやあ凄い。どれも凄い。とにかく凄い。凄い凄い凄い。

 なんて感想がまず口をついて出る野崎まどの「独創短編シリーズ 野崎まど劇場」(電撃文庫、610円)。冒頭の「Gunfight at the Deadman city」は普通に読めば、西部劇でよくあるガンマンたちの決闘もので、銃弾が放たれ行き違い、ガンマンたちが相打ちとなって死に、後にはゴロゴロとタンブル・ウィードが転がっていくシーンが綴られている。文字と記号で。記号で?

 字じゃないの? 小説だろ? そう訝る人にはとにかく読め、あるいは見ろと言っておく。なるほど確かに文字はある。言葉が連ねてある。けれども、それらの間を埋めて展開を示すのは実は記号だ、直線と、Uの字の。それで銃弾が放たれ、近づき、すれ違い、命中して、共に死に、@マークのターンブル・ウィードが転がるシーンが表現され、見る者に理解させる、何が起こったかを。

 例えるならそれは、タイポグラフィというものか。夢枕獏が初期の叙情とも、今の伝奇とも違う作風を持った「カエルの死」で世に出た時に使った表現技法。ただし、それは文字が風景を描写していた。「Gunfight at the Deadman city」は違う。アスキーアートともやっぱり違う。記号が言葉を補い、シーンを現し理解させる。とてつもないことが起こっていると。

 その1作をもって驚きと混乱をもたらすだろう「独創短編シリーズ 野崎まど劇場」。驚きはこれだけに留まらない。「第60期 王座戦5番勝負 第3局」では、将棋盤を挟んでタイトル戦に臨む棋士たちの前に置かれた将棋盤を、真上からとらえたように描かれた画像が、そこでとてつもないことが起こっていると気づかせる。

 いきなりの王前への角打ち。そして玉を守るための玉の物理的な上への歩打ち。さらには盤面を覆す外界からの攻撃に、そこからの復帰を許さない破局への導引。あり得ないことが起こっていることを、あり得ないと分かっていながら、あり得たら面白いかもと思わせ引きずり込む強引さ。幻惑の作家のこれぞ真骨頂だと言えるだろう。

 ダンジョンで勇者を迎え撃つ魔王と配下の魔智将軍が、画策した企みをマップ上に見えるように現すことによってその異常さを理解させる試みも、密室の中だけで活躍しているアイドルグループ「MST48」の、密集しながら外に理解されない虚しさをドット絵によって記し感じさせる試みも、言葉に留まらず同様にあらゆる表現を駆使し、理解させ、楽しませ、驚かせる奇想にあふれている。これを突き詰めればどれだけのエンターテインメントが生み出せるのか。いずれ挑戦してもらいたい。

 美少女のパンツを見せるような萌えイラストが付かなくても、丼と玉子、あるいはくたびれた中年男のイラストでも、恐るべき思索の隘路へと人を引きずり込んでしまう創造力を持った作家なのが野崎まど。ラーメン屋が新メニューを生みだし大成功し、そして宇宙規模へと拡散していく話を圧倒的な展開力で描き出す。

 女性検死官の憂い。バスジャックなる猟奇の落胆。使われなくなったトレーディングカードゲームの神様の悲しみ。それら不思議なシチュエーションが、読んで納得の展開の中にあっさりと組み込まれてひとつの物語を作り出す。親分の跡目を継ごうと若頭たちが次々と、本当に続々と集まり集って膨らんでいくエスカレーションの昂揚感たるや。どこから出てくるこのアイディア。どこからわき出すこの結末。あり得なさをあり得る形で見せてくれる。

 そして「首狩島容疑者十七万人殺人事件」。その島で起こった殺人事件に関われるだろう者はこれだけだという、一種のクローズドサークルの解釈を島民全体にあてはめて起こったとてつもない事態が、実は事件の真相に結びついて解決へと繋がる展開は、破天荒さで鳴る清涼院流水の流水大説すら上回る意外性と驚きで読む人たちを震え上がらせる。とてつもない。そしてとんでもない。ただひたすらに驚かされる。だから凄い。

 これは連載には取り上げられなかったらしい「第二十回落雷小説大賞 選評」は、小説の新人賞の選評を並べた形の作品で、そこから新人賞の特徴から送られてきた小説のとんでもなさが浮かび上がってきて、これは是非に読んでみたいと思わせる。架空の書評を連ねたスタニスワフ・レムの「完全なる真空」にも迫る驚きの作品。これが掲載されなかったのも、この選評にあわせて書かれた作品が送られてきて、選考委員たちを慌てふためかせ、小説の概念をひっくり返してしまうと考えたから、なのかもしれない。

 巻末に収録された書き下ろしの「ライオンガールズ」は、ひとつの長編にもなりえる題材だし、短編として描いてあるこれも、人間の持つ願望の時として不条理に満ち、けれどもそれを貫き通して進むこともある人間のひたむきさを描いた、人間原理に迫る優れた純文学になっている、かもしれない。人間はそう、ライオンになりたいのだ。そして人間は決して、ライオンにはなれないのだと知ろう。

 他にも動物たちがロックに勤しむ「森のおんがく団」に、鷹狩りという新しい遊びを“発明”してみせた「爆鷹! TKGR」などなど、読んで意外性の海に溺れて浮揚できなくなる作品が目白押し。開いたら閉じるまでその嘲笑と幻惑のワールドから抜け出ることは不可能だし、読み終えても何かを心に引きずりそう。その覚悟があるならさあ、本を手に取れ、ページを開け。ついでにカバーを外して挑め、後鳥羽上皇の折り紙に。





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