のけもの王子バケモノ

 ライトノベルの作家として、記憶のリストにはない名前に、いったいどこの新人かと思ってよくよく考え、そうだった、「劇場版 空の境界 矛盾螺旋」とか「ギョ」とか「魔女っこ姉妹のヨヨとネネ」といったアニメーション作品を作った平尾隆之監督のことだと気がついた。

 そういえば、何かの折に、ライトノベルを書くだの書いたといった話を見かけていたから、その作品がいよいよ登場したのだと理解。もちろん自身、最初の小説となる平尾隆之のライトノベル「のけもの王子とバケモノ姫」(ファンタジア文庫、650円)は、人間が分厚い壁に守られた場所にィエール王国を築き、そして外にバケモノとみなされている異形のモール族がモール王国を築いてと、お互いに分離されつつ対立してる世界が舞台になっている。

 そのうちの人間側のィエール王国で、第三王子という地位にあったシュウ・ィエールが放逐されてしまう。理由は不治の病に罹ったから。何でも体から種がはき出されるようになって、それが10個にたどり着くと命が失われてしまうといった病気で、シュウはすでに3個4個と吐き出し、後に残された命も決して長いものではなくなっていた。

 だったら最後くらいは王城でとはいかず、伝染させる可能性がある病気だからと城壁の外へと追い出されることに。そして、ベルトリーチェという名の侍女を連れたシュウは城壁を出て、列車で走っていたところをモール族に襲撃される。その中にいたのが、顔立ちが人間の少女に似た“異端”のモール族、ミサキ・エスリーンだった。

 ミサキはモール王国の第一王女だったけれど、シュウたちを襲撃してから移動している途中、人間に拉致されその先でシュウたちと合流。連れだって逃げ出してはモール王国へと向かう。そこにいたのが、動物の姿により近い本当のモール族。見てベルトリーチェは“蛮族”と見なし挑むものの、人間にしては強いベルトリーチェでもモール族は倒せずきっ抗した戦いを繰り広げる。

 そんな様を横目に、シュウはモール族に対する理解を深めていく。それはミサキがいわゆるネコミミの少女のようにしか見えなかったからなのか? 完全に動物のような姿だったらそこに交流が生まれたか? そのありが少し引っかかるのは、相互理解といっても心底から認め合うのではなく、結局は顔立ちが近いからなのかと思ったからだったりする。

 もっとも、ミサキをはじめモール族にとっては、人間なんて自分たちを脅かす“蛮族”でしかない。それでも自分たちに理解を見せた“異形”のシュウに理解を見せるところに、出自も容姿も関係ない交流の可能性が見える。そういう捉え方をするのがこの場合、適切なのかもしれない。

 そんな交流から、どうして人間とモール族が対立しているのか、分厚い城壁まで作って閉じこもっている人間たちに未来はあるのか、そしてシュウが罹っている病気の正体は何で、その治療法はあるのかといった疑問に対する答えも示され、シュウの身に変化が起こり、そして世界が変革へと向かって動き出す。

 ボーイ・ミーツ・ガール。それも同種ではなく異種との混交によって新しいフェイズへと向かう革新を含んだストーリーは、けれども殺伐とはせず全体に柔らかい。ぐいぐいと読ませるストーリーテリングもあって、最後まで一気に連れて行かれる感じがする。これが最初の執筆というだけあって、素直でまっすぐな小説と言えそうだ。

 壁は壊され人間とモール族との融和は進んだものの、その先にはまだいろいろと乗りこえていかなくてはいけない課題がありそう。そこにシュウとミサキはどう挑む? 完治はしないシュウの病にいつか来る終わりはある? 気にしつつ続きがあれば読んで行きたい。

 もっとも、それではアニメーション監督としての平尾隆之の仕事に支障は出ないのか。テレビシリーズ「GOD EATER」が大変だった後にしばらく作ってないから、そろそろ作り始めていたとしたら次が出るのはいつになるか。だったらその間に「桜の温度」をパッケージで出して欲しいものだけれど。もちろん「のけもの王子とバケモノ姫」の続きもだけれど。


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