猫の彼女のESP1

 猫には力がある。

 それはずっと伝えられ、受け継がれていたことで、たとえば行灯の油を舐めては尾を2又に別れさせ、化け猫となって人を襲ったり、大事な人を守ったりもした話があったし、他人の心を操る力を使って、海賊課の刑事として宇宙を跋扈する海賊と戦ったりした話もあった。夏への扉を探し求めて、人を昔の時間へと連れて行ったりした話は……別に猫のせいではなかったか。

 ともあれ、数々のフィクションによって、猫が多彩な超能力を発揮して、人を助けたり脅かしたりする可能性が示唆されていたにも関わらず、人間はそうした猫の驚異的な能力に、なかなか気付こうとしなかった。だからなんだろう、泉和良の「猫の彼女のESP 1」(星海社FICTIONS、1300円)で、エグエリという猫は12年前、自らの力を誇るかのように大暴走させ、大学のキャンパスをまるまる吹き飛ばし、さらに地球の自転を6時間分進ませたりして、世界に甚大な被害を与えてしまった。

 猫には超能力がある。

 エグエリの事件をきかっけにして、このことを無視できなくなった人間たちは、後を追うように存在が確認され、事件を起こし始めた超能力を持つ“特殊猫(ルナ)”を危険視して取り締まり、探し出しては捕獲したり、殺そうとした。もっとも、そんな人間の企みなど、猫はとうにお見通し。だから逃げようとしたし、隠れようとしたし、反撃しようとした。

 そして始まった、人間と特殊猫との追いかけっこの中で、人間を操ったりして、どうにかこうにか逃げ伸びようとする特殊猫も現れた。そんな特賞猫のうちの1匹と、麻木花恵という飼い主の女性との関係が、驚くような結末を迎えた事件が起こってから10年。その事件にかかわった国塚誠という男も歳をとって、今は猫殺し士という仕事に就いていた。

 それは、超能力を持った特殊猫を捕獲するための専門職。もっとも、力を持たないただの人間では、猫の発する超能力にかなうはずがない。そこで猫殺し士は、そんな超能力を持つ猫とパートナーを組んで、事件の現場に望んでいる。国塚にもアサキという名の相棒ならぬ相猫がいて、特殊猫の起こす事件に日々、共に取り組んでいた。

 そんな矢先に飛び込んできた、猫を飼っていた14歳の熊川沙良という少女の家で両親が殺され、沙良が異能を発揮した特殊猫と立てこもっているという事件。駆け付けてどうにか解決したものの、沙良はナイトという名の猫と一緒にいたいと叫び、けれども政府は許そうとしなかた。危険を承知で沙良を特殊猫と一緒に置いておくなんてことはできないし、猫の力が沙良に同化して、共に異能を発揮するような現象も起こり始めて危険度は増していた。

 感情を抑えきれない多感な14歳の少女に、それこそ人類を滅ぼせるかもしれない力を持たせるのは無謀。だから押さえ込もうとした政府の思惑の裏に、暗躍する1匹の特殊猫がいて、沙良の願う方向へと事態を持っていこうと努力していた、国塚とアサキの前に立ちふさがった。

 物語に登場する人間と、猫との関係には、人間が猫という存在に寄せる、ある種の好意めいた感情が見える一方で、猫はそうした人間の感情を愛として受け入れるものもいれば、人間を敵とみなしてただ利用してやろうとするものもあったりと様々。一筋縄ではいかない存在だと思わせられる。なるほど昔から、猫ほど気まぐれな存在はないともいわれている。だから難しいのだろう、仲間になるのも、理解し合うのも。

 それでも、相対していれば通う心情というのもあるのかもしれないし、そうでないのかもしれない。国塚のパートナーとして活動するアサキは特殊さがほかの特殊猫とは違うし、ナイトと離れたくないと叫ぶ沙良の場合も、猫の方が少女を心底から愛しているのか、何か別の思惑で動いているのか確かめようがない。

 ただ、一方的な従属ではなく、愛情を持って接すればその分を返そうとするのも、猫という生き物について語られる時に浮かぶ性質。だとしたらエグエリはいったい、どんな動機を持って世界を脅かしたのか、そして今また現れ、自らを新しい存在として動き始めた特殊猫は、何のために人間に刃向かおうとするのか。その心情に迫るストーリーがこれから描かれていくのだろう。そして、最悪の猫が起こした事態を前に、国塚とアサキと、そして新たに誕生した最年少の“猫殺し士”のペアが、どう関わっていくのかも。期して待ちたい。

 特殊猫に立ち向かう組織で、国塚が所属する内閣府の特殊猫対策局と違う、防衛省にある特殊猫対策部の本部長を務める栗山ヒロミという女性のキャラクターがなかなかに強靱で、配下にいた女性を手駒に使い、あっさりと斬り捨てる非道ぶりを誹りたくなる一方で、己の目的のためには一切の妥協をせず、冷徹に突き進むその性格に、少しの羨望も覚えてしまう。

 とはいえ、そうやって作られた鋼のような意志の内奥にある、人間と猫とを見比べて生まれた複雑な感情は、もしかしたら解きほぐすことができるかもしれない。彼女がこれまでに犯したいくつもの過ちを過ちとして認めさせ、切られ地にまみれ沈んでいった少なくない人たちの怨嗟を晴らすためにも、栗山ヒロミというキャラクターの行く末を見守りたい


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