なにかのご縁 ゆかりくん、白いうさぎと縁を見る

 年上で美人で有能で。そんな女性がいたらもう惚れるしかないんだけれど、有能のレベルがちょっとケタ違いすぎて、安易に惚れられないのが悩むところだったりするのだろうか。波多野ゆかりにとって。あるいは大勢の大学生たちにとって。

 野崎まどの「なにかのご縁 ゆかりくん、白いうさぎと縁を見る」(メディアワークス文庫、590円)に登場する、西院(さい)澄子さんという3回生の女性は、大学の自治会で総務部長の職に就いていて、学生たちから持ち込まれる諸々の相談事だの、大学で起こる諸々の面倒事だのをテキパキとさばいていた。

 その仕事をこなすスピードはといえば、西院さん以外の誰かがやれば3日3晩はかかるだろう仕事を、ものの半日も経たずに仕上げてしまうほど。なおかつそんな速度で大量の仕事を連日こなしているものだから、西院さんが大学を休んだ時には、とてつもない恐慌が訪れることになる。

 それは、大学のサークル活動の一切が滞り、購買は混迷して食堂は混雑し、さらに野良猫が自治会の裏で子猫を産むといったくらい。後に大学の名前をとって“珠山恐慌”と呼ばれる混乱が3日間続いたあと、風邪から治って大学に来た西院さんが滞っていた仕事をたった3時間で片づけ、子猫の引き取り手まで見つけてしまったというから恐ろしい。違う、素晴らしい。

 それを誇らず、かといって臆しもいないで淡々と粛々と、日々の仕事をこなしている西院さんの姿を見れば、誰だって惚れそうになるし、その一方で、誰だって自分が西院さんに相応しい人間なのかと考え込んでしまう。美術研究会の傘屋会長もたぶん、そんな口だったのか、理由をつけて自治会の部屋に顔を出しては西院さんの様子を見ていくものの、面と向かって告白することはない。

 そんな西院さんを取り巻く状況を、1回生として自治会活動に参加して、西院さんの下で本当の雑用をやっている波多野ゆかりという男子学生が、知らず観察するように眺めていた、そんなある日。大学にある雑木林からうさぎが現れた。おまけに喋った。聞くとどうやらそのうさぎは、人間と人間をつなげる“縁”を切ったり、つないだりすることができるという。そしてゆかりには、そんな人の縁を見る力があるという。

 そんなバカなと訝るゆかりに、うさぎはだったらとゆかりからどこかに太くつながっていた縁を、ハサミのように動かした耳でチョキンと切ってしまったからたまらない。いったい誰との縁だったんだろうか。それが切れてしまって大丈夫なんだろうか。悩むゆかりにうさぎは、また繋いでやるからその代わりにと、人と人との縁をつないだり切ったりするうさぎの仕事を手伝うようにと命令する。

 まるでマッチポンプ。けれども仕方がないないからと、ゆかりははうさぎを連れて大学に通い、西院さんに興味を抱く美術研究会の会長と、その会長がひきこもり気味だった自分に優しくしてくれたからといって、会長に好意を抱いている下級生の女子生徒との縁をとりもったり、実家の自転車屋を継ぐからと大学を中退して帰ることになった女子生徒に、仲間たちがオリジナルの自転車を作って見せようとする行動を助けたりする。

 けれども、どうやら西院さんには過去があり、そして暗く引きずるような縁が背中に残っていて、それが彼女の身を縛っていた。西院さんと仲の良かった女子が現れ励まそうとしても、決して前向きにはなっていなかった西院さんを過去に縛り続ける黒い縁を、どうにかしたいとゆかりは走り回る。

 その結果。西院さんはゆかりに興味を持ってくれるようになるのか、それとも。たとえうさぎの飼い主だからといって、そしてうさぎの寝床に敷く動物用の電気カーペットを買うために、ゆかりが査定したサークル活動費の無駄な部分をバシバシと削って、自治会の運営費に付け替えるくらいうさぎのことが大好きだからといって、西院さんがゆかりを好きになるとは限らないのだから。

 それでも、ゆかり自身が西院さんに相応しい人間になれれば、少しは縁が産まれるかもしれない。お互いに好き合っているからといって、うさぎは縁を結ぶとは限らない。かといって、太く関わり合った縁だけを選んで結んでいるわけではない。臨機応変。そんな思考の範囲に入れるだけ、ゆかりが西院さんのことを思い、彼女の期待に答えられる人間になれば、うさぎは縁を結んでくれるかもしれないけれど、でも。

 西院さんの目にかなう人間になるには、いったいどれくらいの速度でどれくらいの仕事をこなせば良いんだろう。そこが最大にして絶対の難関かもしれない。がんばれ、ゆかりくん。


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