少女七竈と七人の可愛そうな大人

 隣国からミサイルは飛んでくるけれど、異世界から魔物が現れ暴れたことはない。外国から秘密を盗みにくるスパイはいるけれど、未来人が過去を変えようと時間を遡ってきたこともない。それでも魔物が暴れたり未来人が現れる物語が多く書かれるのは、繰り広げられている非現実的なビジョンに心をそわせて、夢に浸りたい人が多いからだ。

 ラブストーリーは違う。突如現れた美少女に告白されるとか、転校して来た美少女が幼なじみだったとかいったシチュエーションでも、魔物や未来人の出現と違って訪れる可能性はゼロではない。わがままなことで評判だけど超絶的な美貌の少女が立っていて、その子と付き合うようになるなんて展開も、あり得ない話ではない。魔物や宇宙人に出会うよりは、はるかに高い可能性がある。なにしろゼロではないのだから。

 ラブストーリーを読む人は、出会いが生まれ恋が成就するちょっぴりの期待を、ページを繰る手に込めて物語の世界に心を沿わせるのだ。

 もっとも、現実にあり得る話であるが故に、ラブストーリーは現実の辛さも同時に突きつける。自分の願望を映して心地よさに浸れるファンタジーとは違い、現実の世界が決して居心地の良い場所ではないことをラブストーリーは気づかせる。

 例えば桜庭一樹の「少女七竈と七人の可愛そうな大人」(角川書店、1400円)。が人を愛し人を生むという存在である現実をまざまざと見せつけ、それ故に人が空想の物語の中で覆い隠そうとする、人の持つ生々しというものをあからさまに描いて、読者にどうだとばかりに突きつける。

 主人公は川村七竈という旭川に暮らす女子高生。とてつもない美貌を持ちながらも、当人はそれを「呪い」と受け止め、誇ることなく静かに生きている。趣味は鉄道で、自分とそっくりの美貌を持った桂雪風という少年と鉄道模型を並べたり、鉄道を見に行っては2人の世界に浸って日々を生きている。

 「少女七竈と七人の可愛そうな大人」は、そんな2人の甘くて清らかな純愛関係だけが描かれているわけではない。初っ端の「辻斬りのように」は、七竈を生んだ母親の奔放過ぎる男性遍歴がつづられているし、第6章の「死んでもゆるせない」は、七竈の母親が関係をもった男の妻が、七竈の母親を相手に吐き出す怨念で埋め尽くされている。

 七竈と雪風が2人の世界にこもっていても、周囲には七竈の母や雪風の父をはじめそれぞれに家庭を抱え、悩みをかかえ、問題を抱えて生きている人々がいる。そんな現実を、連作のように繰り出されるエピソードによって見せつけられる。

 7話の「やたら魑魅魍魎」ははさらに壮絶。かつて関係を持った男が死んで葬式に行った優奈を、残された妻が殴って取っ組み合う。七竈と雪風がいくら2人の世界にこもっていても、優奈や優奈を殴った女や、優奈との関わりが想像できる雪風の父や、七竈を自分の娘だと思い込んでいる目の見えない男たちのエピソードが、家庭を抱え悩みを抱えて生きている人々が、社会にはいるんだということを見せつける。

 もっとも。そんな激しい感情の渦巻く中に置かれれば置かれるほど、自律し自分というものを貫き通そうとする七竈の強さが、物語の中ではくっきりと際だつ。出自の複雑さがあって、母親からの愛に恵まれない日常の寂しさがあっても、七竈は折れず道を踏み外すことなく自分を保ち続ける。母の奔放さを理解し逆境を受け入れつつ、そこで怯まず逃げもしないで前を向き続ける。

 時に諦めにも似た達観を見せるところもある。けれども、決して逃避ではなく新たな自分を確立していくための方便だ。家計が厳しく北海道に残る雪風から離れ、東京の大学へと単身で進学してく七竈の決断に触れることで、母親の代の奔放な恋愛が招く悲劇を知り、大勢の人たちが、さまざまな感情を交わしながら生きている社会の複雑さを認識し、未来を見据えて生きる力を得られるのだ。

 ラブストーリーは、甘い夢だけを見せてくれる訳ではない。けれどもラブストーリーは、現実の世界につながる窓を持っている。

 清水マリコが「侵略する少女と嘘の庭」というラブストーリーの中で、主人公の少年と口の悪い書湯所との間を、「ガンプラ」とおぼしきロボットの模型が取り持つエピソードを描いていた。「少女七竈と七人の可愛そうな大人」の場合は、七竈と雪風の間を鉄道模型の話が飛び交う。

 オタク話が男女の関係を取り持ち恋愛へと発展していくのは、オタク少年(あるいは少女)にとってひとつの理想だ。あり得なさでは美少女になった幼なじみとの再会に並ぶシチュエーションだと言えなくもない。

 それでも可能性はゼロではない。ガンプラ語りの少年が、ガンプラに興味を示す少女に惹かれていく場面を自分に重ねるライトノベルのファンと同じく、桜庭一樹を「少女七竈」で始めて手に取る一般小説のファンは、七竈の熱い”鉄”語りに、いつかそういった少女が現れ、共に語り明かせる日の訪れることを夢見るのだ。


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