マイフェアSISTER
姫君、拳を握りすぎです。

 少年の“魔女”に使い魔にされてしまった少女の、ドタバタがあって恋もある日々を描いた「東方ウィッチクラフト」のシリーズや、精霊に支配された街の最下層で、したたかに生きる少年や少女たちを描いた「フラクタル・チャイルド」のシリーズで、ファンタジーとSFの両方から注目を集めていた竹岡葉月。降って湧いた貴族からの遺産相続に戸惑いながらも、頑張って生きようとする少女の成長を描く「なかないでストレイシープ」シリーズを区切りに、活躍していた「コバルト文庫」から姿を見せなくなっていたけれど、実姉の竹岡美穂が野村美月の「文学少女シリーズ」でイラストを手がけるファミ通文庫に来臨。かつてなタイプの新作を発表して新境地を開いた。

 なにしろ新作には“萌え”がたっぷり含まれている。そして“妹”までもが登場する。少女小説の殿堂ともいえる「コバルト文庫」からはなかなか出にくいタイプであり、一方ではライトノベルの文庫では豊富過ぎる類例を持った、男性の読者受けする記号に溢れたタイプの物語。タイトルからして「マイフェアSISTER 姫君、拳を握りすぎです。」(ファミ通文庫、600円)と、堂々の“妹”が組み込まれているから従来の竹岡葉月ファンは腰を抜かして驚きそう。いったいどんな“萌え”を、“妹”を描くのか。読んで納得。素晴らしい! 楽しい! 面白い!

 仙台に暮らす高校生の江戸川師走。6年前までは天才子役としてテレビやCMで大人気を博し、喝采を浴びていたけれど、とある出来事をきっかけにして子役を廃業。過去を積極的にアピールすることなく、クリスマスの商店街で同級生たちとアルバイトに励む、普通の高校生活を送っていた。そんな不甲斐ない兄の代わりに、妹がの睦月が“MUTSUKI”という芸名で芸能界にデビュー。子役を脱皮し日本でも1番人気のアイドル女優として大活躍していて、次はハリウッド映画に出ることも決定した。そのインタビューにテレビでしおらしく受け答えをする妹を見ながら、師走は呆れる。「なんつーかまあ、ようやるわ」。

 実は睦月。テレビや映画で見せる楚々とした感じとはまるで違ったわがまま娘で、傲岸不遜でダークな性格の持ち主で、かつて子役として脚光を浴びながらもスポットライトの下から逃げ出した兄の師走を不甲斐ないと感じ、ことある毎に電話して来ては激しく師走を罵倒する。そんな好対照な2人の兄と妹が、とある事件をきかっけにして大冒険を繰り広げ、兄は演技の力を取り戻し、妹も女優として一皮剥ける感動兄妹ストーリーが繰り広げられる、のかと思いきやそこは「コバルト文庫」ならぬ「ファミ通文庫」。話は急旋回して師走を、そして読者を予想の斜め上を行く展開へと引っ張り込む。

 東京にいた頃からの知り合いで、今はキャリアとして入った警視庁で刑事をしている桂城ミキから東京に出て来て欲しいと頼まれた師走。仕事はできても私生活はずぼらなミキの世話をして、年末の大掃除を手助けするのが役目なんだと思い、迎えに来ていたミキに付いて家まで行ったらそこに幼女がいた。それも格別に美しい幼女が。裸にタオルを巻き付けただけの格好で。そして師走に喰らわした。キックを。パンチを。全力で。あまつさえ奪ってきた。唇を。

 少女の名はアネモネ。地球とは違う、どこかファンタジックな異世界からやって来ていたお姫様。それがなぜにいきなりパンチを? キスを? というよりどうして異世界人のお姫様が、兄と妹の感動ストーリーに顔を出す? だからここは「ファミ通文庫」。ファンタジーありSFありラブコメあり何でもあるのレーベルに舞い降りた竹岡葉月が、“少女小説”ならではのリミッターを外して挑んだ物語なのだ。日常から始まったように見える世界がスルリと異世界も関わるファンタジーへと抜けて、ドタバタあり萌えありラブありアクションありの、不思議で愉快なストーリーが繰り広げられる。

 持ち出された国の宝を取り戻すため、地球の日本へとやって来たアネモネを世話しながらいっしょに宝探しをする師走の前に、映画出演のためハリウッドに行ったはずなのに、なぜか日本へと帰ってきていた睦月が、傍若無人な性格を全開にして絡んで来てもう大変。異世界人たちが集まり暮らす赤羽で行われていた美人コンテストに、当代ナンバーワンの人気アイドルが正体を隠して、というよりまさかそんな所にいるはずがなく良にた別人だろうと皆が思う中で睦月が飛び入りして賞をかっさらおうとすれば、そんな妹の暴走を諫めようと師走がアネモネを押し出し対決させたりと、ラブコメチックなドタバタの連続が展開される。

 その過程には、睦月が直面している女優としての壁を描き、かつて師走が同様にぶつかりそして乗り越えられず逃げ出した壁を示すことによって、人間が成長していく難しさ、けれども乗り越えなくちゃいけない必要性を感じさせる。一方では、国の宝を探しにやって来たという名目で師走たちと走り回るアネモネの背後で動いていた、国を揺さぶる大きな出来事が、おとぎばなしのようにいつまでも幸せには暮らせない現実の厳しさをうかがわせつつ、それでも生きていかなくてはならない大切さを示す。

 卵のような珍妙な容姿でカレー屋を切り盛りする、異世界では迫害されていた種族の出である店長とか、かつて師走とヒーロー物のドラマで共演したことがある、今はカレー屋で働いている軽薄な青年とか、宝を持って地球へと降り立ち、なぜかあちらこちらに痕跡を残して逃亡しちえる異世界人のカーナ等々、登場するキャラクターも、その見かけとは違った事情をそれぞれに抱えていて、物語の進行に絡んで来るところがなかなかに巧妙。さらに、名子役とうたわれた演技の力をときどき発揮してピンチをしのぐ師走の、捨てたはずなのに未だに残っている役者魂の発露もポイントだ。師走が心に抱える贖罪の意識が拭われ、ふたたび役者の現場に戻る可能性に期待が浮かぶ。

 ひとまずは迎えた大団円。師走の心に刺さった棘は完全には抜けたようではないけれど、睦月は立ち直って大きな一歩を踏み出し、アネモネも何も知らないお姫様の立場から少し抜け出てちょっぴりだけど成長した。続きに期待したいところだけれど、アネモネの面倒を見る仕事もがこれからも続く以上、立ち直った師走と先を走る睦月による演劇根性ストーリーには向かいそうもない。いっそだったら師走はアネモネに従い異世界へと乗り込み、待ち受ける危機に持ち前の演技力を爆発させて挑む。睦月は睦月で異世界へと映画のロケに来ていて巻き込まれてながらも、兄と出会い2人でアネモネの窮地を救う。なんて展開が読んでみたいけれどもどうなるか。それより続きはあるのか。期しつつ待とう。


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