モトカノ食堂

 「流星たちに伝えてよ」とか「女王蟻」といったSF作品が描ける人だけれど、世間では「おくさん」とか「ちいちゃんのおしながき」とか「一年生になっちゃったら」のように、エロかったり可愛かったりほのぼのとしていたりする作品の人だと思われている漫画家が大井昌和だ。

 どちらもそれだけ描けるのは凄い才能なんだけれど、でもやっぱりSF寄りの方でもっと活躍して欲しいというファンの願いが通ったか、「起動帝国オービタリア」という壮大な設定を持ったアクションSFが出て、そして「モトカノ☆食堂1」(双葉社、600円)という設定でもストーリーでも深くて読ませて、そして泣かせるSF連作集が出た。

 例えるなら「深夜食堂」の宇宙版といった感じの「モトカノ☆食堂」は、もとか、という名の女将が営む、小さい島みたいな星にある「もとかの食堂」を尋ねてくる人たちに、それぞれが思い当たるところのある料理を振る舞っていくエピソードが、さまざまなバリエーションで描かれていく。

 狭い部屋にいっしょに暮らして、マグロの缶詰がセールだったからと買い込んで来ては料理を作り、食べさせていた彼が姿を消した。いったいどこに行ったんだと探した少女の前に現れた彼には彼女がいた。憤り、嘆いて密航までした少女だったけれど、捕まりそうになって「もとかの食堂」に入ると、そこに2人がやって来た。少女は店の棚にあったマグロの缶詰を使って、料理を元の彼とその彼女に出してあげる。

 それで記憶が戻って、彼も戻ってきてくれたのか、それとも? そこがひとつの読みどころ。他には違法のショーをして回っている女が、「もとかの食堂」で休みながら、娘に昔ラーメンを作ってやったと話していると、取締官がやって来て女を捕まえようとする。ここは食堂だからとたしなめたもとかが、取締官の女に出したのは薄い合成肉のチャーシューと、クローン卵の目玉焼きが乗ったラーメン。それは、取締官が子供の頃、家を捨てて出ていった母親に最後に作ってもらった料理だった。

 すれ違った果てに再会した2人の間にたまっているだろうわだかまりは、懐かしいメニューで雪のように溶けたの、それともよりいっその憎しみに変わったのか。それも読んでのお楽しみといたところだけれど、憎みながらも想っていたその気持ちが、再会を経てふくらめば、きっと許しへと向かっていってくれだろうと思いたい。それが肉親の情愛というものだから。

 徴税のために星に乗り込んできた役人の息子が、徴税を受ける側の娘と仲良くなりながらも、厳しい取り立てが行われた挙げ句に、娘の父親が自殺に追い込まれたことで、ヒビがはいった息子と娘。長じて役人となった息子が、再び同じ星へとやって来たら、やっぱり長じた娘は、テロを画策していて息子を脅し、最新のエンジンを得ようとする。

 もっとも、息子の方は、娘の脅迫に屈しないで、彼女たちが希望していた新しいエンジンを取り寄せず、何故か銀ジャケを送ってもらう。娘は心で申し訳ないと思っていても、相手は仇の息子であって、そう簡単には許せない。当然、処刑するという展開になって、息子に最後に何を望むかと聞くと、帰って来たのがその銀ジャケを娘との最後の晩餐にしたいと言うものだった。

 もとかに調理してもらった銀ジャケを食べる2人。交わされる言葉。その先にあったのは離別か、それとも…。結末はやっぱり物語を読んでもらうということで。そんな感じに幾つもの出会いがあって、別れがあってそれが長い時間の中で繰り返されていく。それを見続け、感じて来たもとかが出すメニューが、様々な人々が過去に埋めてきた記憶を蘇らせ、思いを再来させて次の時代へと繋げていく。

 読めば気持ちがほっこりしてくる漫画。そして新しい自分を探したくなる物語。ただし、そのためには「もとかの食堂」に行かなくてはいけない。そこでもとかから何かを出してもらわなくてはいけない。

 自分だったら、あなただったらどんなメニューが出てくるだろうか。それはどんな過去を蘇らせ、未来を見せてくれるだろうか。行ってみなくては分からないし、食べてみなければ得られないその経験。是非に味わいたいけれど、どうやったら「もとかの食堂」にたどりつけるんだろう? それが知りたい。いつまでに…という部分だけは大丈夫。いつでもいつまでも、もとかはそこに居て、料理を出し続けてくれるだろうから。


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