もののけ画館夜行抄

 1度でも行けば分かるように、埼玉県の川越市は、古い街並みが今に残っていて、江戸の昔の城下町、宿場町といった風情を感じさせる。立ち並ぶ木造の家々にある蔵や、部屋の納戸の奥を探れば、古い掛け軸とか茶碗とかが出てきても不思議はなさそう。それらに憑いた妖怪なり神様も現れ、跳梁して跋扈しそうな雰囲気が、川越市には今も濃く残っている。

 そんな雰囲気を感じてなのか、それとも本当にそうだからなのか、川越ファンタジーとでも呼びたくなる、あるいは川越伝奇とでも言いたくなる不思議な物語が川越市を舞台に描かれている。鈴木ジュリエッタの漫画であり、それを原作としたアニメーションが人気の「神様はじめました」などが一例。なるほどあの雰囲気なら、神様が通りを歩いていても、風景に馴染んで誰もとがめ立てしなさそう。

 そんな川越市を舞台に、人間とちょっと不思議な世界との繋がりを描いたストーリーがまたひとつ、誕生した。やはり川越市が舞台になった「路地裏テアトロ」(ポニーキャニオン)の地本草子による「もののけ画館夜行抄」(富士見L文庫、600円)。そこでは、現代に生き残った妖怪たちと、人間の青年や女子大生との交流が描かれる中で、妖怪という存在が持つ意味が浮かび上がってくる。

 大学で学芸員の資格をとろうと、講座に出ている八尋朋絵という名の女子大生。熱心なのは良いけれど、不器用なのか粗忽なのか、手にした文化財なり絵画なりを落とすわ転がすわ破りそうになるはと問題ばかり起こしてしまって、実習にはちょっと出せそうにないと教授たちから言われてしまう。

 それももっともな話で、実習に出した先で貴重な文化財なり美術品を壊されでもしたら、大学に責任が及ぶどころか国にとっても大きな損失になってしまう。とはいえ、実習を経なければ単位はもらえず、資格もとれないとあって朋絵は困る。その困惑につけ込むように、教授からある美術館での実習を示唆される。

 桧山記念美術館。川越市にあるその美術館でなら実習を受け入れてもらえると聞き、朋絵ははるばる川越まで出向いてバスに乗り、歩いて桧山記念美術館へとたどり着くと、そこには、岡田恭介という学芸員が待っていた。そして「迷惑だ」「仕事の邪魔だ」と言われてしまった。

 子供じゃないと言っても実際、どこも引き受けてくれなかったくらいに不器用な朋絵が迷惑な存在であることには違いない。それでも資格のためだと頼み、向こうも教授の紹介とあって追い返さずにとりあえず、仕事をさせることになったものの、岡田はうるさい黙れ口答えをするな言うことを聞けと怒り、美術品には一切触らせようとはしないで、ひたすら掃除ばかりを言いつける。

 そして1日を終えて帰された時、朋絵は、美術館に携帯を忘れてしまったことに気づいて、夜の美術館へと忍び込むと、そこは妖怪変化が跋扈する奇妙な場になっていた。そんな莫迦な? けれども事実、物語的には。聞けば収蔵されているとある市松妖斎という名の画家の絵には、妖怪が封じてあって、それが夜になると抜け出るという言い伝えがあった。

 だからそんな莫迦なと思っても、目の前にそうした妖怪が河童も天狗もろくろ首も火の輪も現れ騒いでいるから仕方がない。驚きつつ慌てた朋絵だったけれど、彼女の侵入に伴うドタバタで逃げた妖怪を連れ戻すのに力を貸し、そして怪我をした岡田のサポートという役目ももらって、朋絵はどうにか桧山記念美術館での研修と、そしてしばらくのアルバイトが認められる。

 そして始まる朋絵と妖怪たちの交流に、岡田という乱暴で厳格な男との関係は、とてつもなく強力な妖怪の出現や、美術館の絵が盗まれてしまうという事件を経て、いっそう強まっていく。ドS過ぎる岡田に頑固な朋絵がぶつかり合いながらも認め合い、傷つきながらも寄り添っていくようなストーリー。どこか自分本位で頑迷な朋絵が、時に鬱陶しく思える場面も多々あるけれど、それだけ真っ直ぐに真面目な性格だとも言えそう。

 妥協せずやりたいこと、やらなければいけないことに取り組む姿勢があったから、妖怪たちも彼女を認めた。そこにもうちょっとだけ、器用さが伴ってくれば良い学芸員になるのだろうけれど。けれども仕方がない、他に行くところがなくても桧山記念美術館で妖怪相手に暮らす日々だけは確保されていのだから、むしろ喜ぶべきなのかもしれない。そんな物語は今後、続いていくのだろうか。もっと読みたい川越ファンタジー。新たな参入も大歓迎。


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