モノクローム・ガーデン
Monochrome Garden

 その不思議なものたちは、まだそこらへんにたくさんたくさんいるのです。だってぜんぜん見えないよ。むかしは会えたたけどさいきんは会えなくなってしまったよ。そう言って首をかしげる人たちもいることでしょう。けれどもやっぱりいるのです。ただ見えないだけなのです。

 夢を薄れさせてしまった心。合理的になってしまった暮らし。奇妙なものやおかしなことをないことにしたい気持ちがその目に不思議なものたちを、見えなくさせているのです。感じさせないようにしてしまっているのです。

 どうやったら見えるようになるの。むかしのようにまた会えるの。難しいことかもしれません。何十年もかかってできた心の壁は何十年もかけないと崩せないかもしれません。けれども感じることはできます。夢路行の「モノクローム・ガーデン」(スタジオDNA、552円)を開いて物語を読むことで、かつて見たり会ったりした、不思議なものたちを思い出すことができるのです。

 「雪月下」。別荘地に暮らして別荘を管理している一家の少女は、間違えて冬の間も人が暮らしている別荘の雪下ろしに行ってしまい、そこで美しい住人と出会います。女っぽさを全身にまとったその住人は、少女を招き入れ南瓜の煮付けに小豆のお粥を振る舞い、冬至だからと柚子湯をわかして少女をいれて無病息災を祈ります。

 その夜、目を覚ました少女をガラスの向こうから伸びた手が襲います。けれども食べた食事か、入った柚子湯が効果を発揮したようで、弾かれたように手は引っ込み、少女は直後に家族や別荘地を襲ったたちの悪い風邪から、身を守ることができました。

 「東京豪雪地帯」。引っ越してきたばかりの少女は、雪の中を夜中にコンビニへと買い出しに行かされます。都会の雪だからと安易に考えていたら大間違いだったようで、降り積もる雪に近道をした公園で遭難しかかっていたところに、白い着物を着た女性が通りかかって案内をしてくれ、動く雪だるまという乗り物まで用意してくれて無事、家へとたどりつくことができました。

 「Sweeet」。間違えて雪下ろしをしてしまった家の美しい住人と仲良くなった少女が、2人で薪を拾っていると雪山をひとり歩いている青年に出会います。とつぜん倒れた青年に近寄り助け起こすと、何と青年はイワトビペンギンへと変わり、食事を与えると人間へともどって自分は彼女のところに戻るため、南極に行く途中だったと身の上を語り出しました。

 窓から忍び込もうとしたのは疫鬼だったのでしょうか。風習を守ったからこそ少女は風邪をひかずに住んだのでしょうか。公園で出会って雪だるまを操った女性は雪女だったのでしょうか。強い思いがあればペンギンだって人間になれるのでしょうか。

 そうではなかったのかもしれません。偶然とか見間違いとか幻覚といった類のことだったのかもしれません。けれども南瓜とお粥と柚子湯が冬至に尊ばれ、雪の夜に雪女が現れ動物が人に化ける話が大昔からあったことが、かつて見えたり会えたりた不思議なものたちの存在を、じつは証明しているのではないでしょうか。

 「春を走る」。母親が再婚してできた新しい父親から送られた雛人形。飾っていると夜中にどうも奇妙な音が聞こえて来て、少女は人形のある部屋へと入ります。するとそこには着物を着た女の子がひとりいて、少女を誘い扉の外へとひろがった平原へと案内しては、現れた怪物といっしょに雛あられを食べ、白酒をのんで遊び始めたのでした。

 女の子は少女に母親の再婚相手は好きかとたずねます。明るくなった母親に最適な配偶者だったこともあって少女が好きだと答えると、ほっとしたような、嬉しそうな表情に女の子は頬を染め、少女を梅の林から菜の花畑をとおり桃の林へと向かって走らせ、住んでいるマンションのベランダへとぶじに還らせます。そこで父親からお雛さまの顔のモデルが誰なのかを聴かされ、今も想われている父親への気持ちをいっそう強くします。

 大人たちには見えない犬が見えたりする少年の目には映る満開の桜の花からぶらさがる少女がいます。祖父に会いに海からあがってきた人魚を自称する女性がいます。夢を失い現実にしばられ合理的になってしまった日々ではもう、目にしたり会えなくなったものたちの所に、収められた物語がそっと導いてくれます。

 雪女は優しくペンギンは純粋で人魚は謙虚で桜の女性は立場を達観しています。ともすれば昔話の中、ホラー小説の中で人に害をなす存在として切り捨てられがちなものたちが、「モノクローム・ガーデン」ではほとんどが人間たちに親しな表情を見せてくれています。そんな姿が、合理的なもの、恐ろしいものを排撃して忘却してきた人間に、大切なことを思い出させてくれるのです。

 奇妙なものをただいたずらに怖がることはやめましょう。不思議なことから目を背けることもおしまいにしましょう。すぐには無理かもしれません。けれどもいつか見えてきます。その時は「モノクローム・ガーデン」にしたためられた素晴らしい出会いを思い出して下さい。「モノクローム・ガーデン」で感じた優しい気持ちで接してあげてください。そうすればまた、不思議なものたちに囲まれた、奇妙だけれど楽しい日々に生きるとこができるようになるのですから。


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