萌えもえ! W杯観戦ガイド

 英単語の解説本に始まって、自衛隊やら株やらプログラムやらなんやらかんやら、あらゆるものが”萌え”によって解説されるようになった21世紀。はじめのうちは本来的な用途としての解説部分がしかっりとしている上に、イラスト面での見栄えの良さもあって、これは便利と評判になる本も多かった。

 けれどもやがて見栄えさえよければ解説はおまけといった内容のものも出始めて、解説書として訳に立たずかといってイラストとして見るにも一苦労といった本も相次ぎ登場。新しい「萌えなんとか」といった本が出ても、目に留めるのも億劫といった思いに駆られる人もじわりじわりと増えていた。ところが。

 2006年6月のサッカーワールドカップ独大会開幕を目前に控えた06年4月に登場した「萌えもえ! W杯観戦ガイド」(牧隆文・田中滋文、鮭・おぐし篤絵、イカロス出版、1300円)は、ガイドブックとしての有用性とイラストの分かりやすさが、絶妙にして至高のマッチングを見せる。

 嘘ではない。誇張ではない。手に取り読めば出場する全32チームの情報がつぶさに分かる。のみならずサッカーの歴史や蘊蓄も学べ、そして美少女たちがグラマラスな肢体を惜しげもなくさらしてサッカーにまつわるポーズを決める、美麗なイラストにも存分に満足させられる。

 フットサルのチームでフォワードを務める水野つばさ、お嬢様風でディフェンスを務める鬼束みさきに、クマの着ぐるみを身に着けゴールマウスを守るオリバーという少女3人が、トークを繰り広げながら出場する32チームをぶった切っていくという内容。主要なチームは4ページ、日本については6ページ、それ以外でも見開き2ページを割いた紹介には、選ばれるだろう選手のプロフィルがありフォーメーション紹介がある。

 さらにグループリーグ突破の可能性に関する寸評があり、注目選手を取り上げたショートコメントがあって、見ればどんなチームなのか、そして誰に気をつけて見れば良いのかがすぐに分かる。そのセレクトが実に通好み。アルゼンチンではバルセロナで活躍するメッシ選手と、ビジャレアルを引っ張ったリケルメの2人を推して紹介する。

 イタリアではデルピエロ選手でもなくトッティ選手でもなく、中盤の底で攻撃の起点となっているピルロ選手をピックアップ。いやあ渋い。渋すぎる。といっても裏狙いではなく、イングランドはルーニー選手だしコートジボワールはエースのドログバ選手と、見るべき選手をしっかりと選んで載せている。

 ちなみに日本代表は中村俊輔選手。これも当然といった所か。メキシコはボルヘッティ選手でアンゴラはフィゲイレド選手。知らないけれどピルロ選手を選んだ目によって紹介されると、なるほどそうなのか注目してみたくなる。添えられたイラストの可愛らしさとも相まって、テレビで実際に動く姿を見たくなる。

 そんな選手のイラストは、サッカー選手を3頭身で人形化するコリンシアン風。似てる選手、似てない選手が微妙に入り混じってはいるものの、動いている姿をとらえた躍動感があり、また生きているキャラクターを描いたんだという立体感が出てて、そのままフィギュア化したくなって来る。とにかく巧い。似ているかは別として。

 つばさとみさきとオリバーによるトークがこれまた絶好調。ポルトガル代表について「W杯での実績なんて本当はたいしたことないのにね」と言ってみたり、スペイン代表を「スペインって、W杯前には『無敵艦隊』だけど大会始まると弱いよね」となかなかに辛辣。けれども実に良い線を衝いている。

 フランスではジダンとアンリのマッチングの悪さ、アネルカの素行の悪さと凄さを紹介して、ジダンの最後のワールドカップだという浪花節的なチーム解説ではない、どこに気をつけて見れば良いのかをちゃんと教えてくれている。

 フランス代表のシセ選手を「うまい棒みたいな色に髪を染めてるのが笑える」と例えたり、韓国代表の李天秀選手を「チョンス兄さんは異次元のビッグマウスとド派手な私生活で有名よ」と紹介したりと、個々の選手に対する評価も細かく読みどころ満載。デルピエロ選手が新日本プロレスのファンだなんて、他の解説本では絶対に読めないだろう。

 日本代表に関しても、ジーコ監督や選手たちへに関する辛辣なトークが炸裂する。「(ジーコは)W杯の経験が豊富だしね。守備がザルの三都主を使い続けてるのも、きっと何かが見えているからなのよ」「『何かって』なーに?」「それは本番でわかるの」。本当にわかるのか?

 ワールドカップに向けて各所からガイドブックが出てきているが、その中でも1番手軽で、そして1番詳しいガイドブックだと断言。放映時間の紹介や注目のマッチに関する見所紹介もあって実に役に立つ。現地での観戦にも薦めたい。ドイツに行く人は全員、この本を持っていくべきだ。

 スタジアムで広げていればその絵柄に「オー! MANGA」「オー! ANIME」と注目されること請け負いだ。フランスのサポーターがいたなら似顔絵を差して「これジダン」、セルビアモンテネグロ代表なら「これケジュマン」とやれば大受けすること間違いなし。日本が相手をするクロアチアと同じスタジアムに入ったら、殺気立つ相手に「これクラニツァール」とやればそのイケメンぶりに気持ちも和むだろう。

 ただし、オリバーが着ぐるみの上からクロアチアに伝統の、赤い市松模様のユニフォームを着た絵だけは見せるべからず。生きてはスタジアムを出られないから、絶対に。


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