マタタビ潔子の猫魂

 古来より日本で人を化かすのは狐狸の類、つまりは狐や狸だって言われてきたし、今だってそう信じられている。あとは狢に化猫か。けれども、文明開化に高度成長を経た今時の日本で、狐や狸や狢が人の大勢住む里へと現れては、人に悪さをするなんて話はなかなかない。化猫だって現れづらい。

 そんな代わりに人里にあふれ出したのは、ペットとして飼われていたアライグマやらフェレットやらの外国から来た動物たち。または西洋タンポポやセイタカアワダチソウのような外来の植物たち。動物については可愛いから、流行っているからとは飼ってみたまでは良いけれど、面倒になったり持て余したりした飼い主に捨てられ、気候の合わない日本で路頭に迷うハメとなっている。

 そんな捨てられた動物たちの、身勝手過ぎる人への恨みは増すばかり。妖怪となって人にとりつき悪さをしたって不思議はないけれど、そこに立ちふさがったのが28歳派遣社員のマタタビ潔子! というより彼女が飼っている猫の魂“猫魂”だった。

 血筋から憑き物を引き寄せる力を持った潔子が、我を忘れて心に隙をのぞかせた時、するりと入り込んでは潔子を動かし、彼女に近寄って来て、あれやこれやとちょっかいを出す外来種の妖怪たちを引きずり出しては、ペロリと喰らい始末する。このあたりは今市子の「百鬼夜行抄」の青嵐、緑川ゆきの「夏目友人帳」に出てくるニャンコ先生に立場が少し似ているかも。

 第4回ダ・ヴィンチ文学賞の大賞を受賞した朱野帰子の「マタタビ潔子の猫魂」(メディアファクトリー、1200円)は、そんな具合に狐狸の類とは違った妖怪変化を、日本古来の霊が退治するストーリーを基本にして、外国から入ってきた動物や植物が日本にはびこってしまう問題や、職場で正社員から見下され、こき使われる派遣社員の苦労といった社会性を帯びたテーマを織り交ぜて描いたエンターテインメント作品だ。

 文明化に伴い環境破壊を要因にして大量発生するようになっては、日本の海を彩っている珊瑚を食らいつくすオニヒトデの妖怪は、潔子と同じ会社で働く社員OLの体内に取り憑き、派遣社員の赤貧に喘ぐ潔子を誘って瀟洒なレストランへと連れだし、さんざんっぱら飯を食らい酒を飲んではすべてを割り勘にして潔子のフトコロを細くする。

 親切そうに見えた上司にはアライグマの霊が取り憑いていて、仕事をしている潔子に流しは細めに掃除しろと無関係の用事を言いつけ困らせる。西洋タンポポにフェレットも潔子の周囲を蠢きそして猫魂を追いつめる。果たして潔子は、そして猫魂は勝てるのか>

 美少女なり少年が何者かの助けを借りて、魑魅魍魎やら狐狸妖怪やらの類と闘う退魔物なら、今時のライトノベルにあふれかえっている。そうした作品には、キャラクターの強さがあって展開のスピード感があって若い読者を引きつけている。

 けれども、そこは一般向けの小説として登場した「マタタビ潔子の猫魂」。社会に生きて日々に悩む大人の暮らしが描かれ、同じ世代の同情を誘っている。怒りの狭間に爆発した猫魂の力が、ばったばったと敵をなぎ倒していく様に、虐げられたロスジェネレーション世代が鬱憤を晴らす。

 やはり大人が対象となったボイルドエッグズ新人賞でも、お稲荷さんの力を借りた女性が妖怪変化を相手に闘う退魔物の設定に、日本の衰退と中国による買収、そして性商売というテーマが入って、ライトノベルとは一線を画すものになっていた。流行する物語から設定を抜いて、そこに社会や経済をかぶせてみた一般小説が、これから増えていくかもしれない。

 ともあれ「マタタビ潔子の猫魂」。読めば潔子と似た境遇にある人たちなら、自分にだって猫魂が憑いてくれたら良いのにと思えてくるはず。もっとも、現実には猫魂はいない。猫魂がついていないと、本当は地味では気弱な潔子が頼る「孤独を愛せ」だの「さあ笑おう」といった占いの言葉も、結局は気休めでしかない。頼れるのは自分だけということを認めつつ、潔子を助ける猫魂の対処法に学び、勇気を育み知恵をまとって嫌味な同僚も理不尽な上司も、蹴散らし追い払う術を覚えよう。


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