ーシ・ウォークー

 エドワード・スミスの「マーシアン・ウォースクール」(電撃文庫、610円)が出た。ジャック・キャンベルやジョン・スコルジーといった作家たちの活躍もあって、SFのサブジャンルというより一種戦略シミュレーション小説として流行しているミリタリーSFの一冊。6フィート3インチもの長身を活かし、アナポリスから海兵隊へと進んで、東アジアや中南米で軍事活動に従事して除隊し、故郷のテキサス州へと戻ってカフェの皿洗いをしながら、ワークショップで学び作家への道へと進んだ作者だからこそ描ける、軍隊と戦場の緻密で激しい描写に溢れている。

 舞台になっているのは火星で、テラフォーミングの過程で生まれた怪物たちを相手に戦っている少年少女たちが、より過酷な戦場へと放り込まれながらも、優秀なリーダーの元に結束し、絶望的な状況からのエクソダスを目指す。青春があり、戦闘があってと熱いシーンが連続し、読む者に慟哭と歓喜をもたらす。どうしようもないこの社会で追いつめられ、行き場のない鬱屈を抱えた若者たちの共感を誘って大ヒットし、優れたSF作品に与えられるジョン・K・クラーク賞にもノミネートされた傑作だ。

 というのはちょっとだけ嘘だけど、割と本当。嘘がどこかは読んでそれぞれが考えよう。

 本当の部分でいうなら、前提としてひとりの少年にそこまで過酷な運命を強いるものなのか、たとえ周囲の嫌悪や嫉妬があったとしても、それをより上の権威が許すかといったところに少しの疑問が浮かぶ。とはいえ、上に行くほど下も周りも見えなくなるのが組織というもの。知らないところで行われている策謀か、知られていてもそれだげ少年の才能を信じているということなのかもしれない。

 それほどまでに才能を持った少年の名はタキオン。たったひとりで地球からの親善大使の任を帯び、地球にある士官学校から火星にある軍属学校に転入した。もっとも、出会いは最悪だった。軍属学校の生徒であると同時に、タキオンとクラスメートにもなる予定だった部隊の委員長が、タキオンの着任時に空港を守っていて、虫のような火星の怪物に襲撃され重傷を負ってしまう。もともと地球人が火星の人たちに嫌われていたこともあって、タキオンは転入早々にクラスメートたちから強い反発を受ける。

 とはいえ、地球からの親善大使という立場もあって、表だっての反抗はできない。もうひとつ、地球の偉い軍人の関係者らしいタキオンがクラスメートにいれば、死ぬ機会が高い出撃も減るだろうという打算もあった。そんなクラスメートたちに絶望が降りかかる。逆に出撃が多くなった。それも苛烈過ぎる出撃が。どういうことだ? そこにはタキオンの出自という理由があった。タキオンには未来がなかった。死ぬという未来を除いて。

 けれども、タキオンは諦めなかった。最悪で最低の立場から、クラスメートたちに結束を呼びかけ、自分が置かれた立場を話して拒絶の壁を乗り越えようとする。送り込まれた過酷な戦場で冷静に先を読み、クラスメートたちを帰還へと導く実力も示してクラスをまとめあげ、一丸となって絶望からの帰還を求め、あがくようになる。

 まだ若いにも関わらず、なかなかの策士だったタキオンは、最初に放り込まれた戦場から繰り出された自分を追い込もうとする策謀の裏を読んで状況を予測し、先手を打って全滅のような事態を避ける。クライマックスの戦闘でも、あらかじめ自分たちへの関心とそして同情を誘うような行動を起こして、結果としてクラスメートたちを生還へと導く。

 それが冷徹な計算の上に成り立っているのだとしたら、末恐ろしくもあるし、人間としてどこまで信じて良いのかと、懐疑も浮かぶ。クラスメートたちは純粋に喜んでいても、いずれその冷静さの裏にある計算に気づくかもしれない。ただ、今のところの描写でタキオンは、ひたすらに自分たちが生き延びるために何ができるかを考え、最善の道を進んでいるように見える。だから誰も冷徹で計算高い策士のようなイメージは抱かない。それでも本心はまだ分からないのだけれど。

 そんなタキオンでもマリーというクラスメートの少女の行動は読めなかった様子。かつて別のクラスにいた仲間たちが、彼女が休んでいた出撃で全滅する経験を経て、どこか厭世的になっていたことを、タキオンでは察することができなかった。女心は分からない、という訳ではなく、自分と同じ境遇なら、自分と同じに考えるだろうということではなかった。人の心は千差万別。だから難しいし、面白い。

 そこもどうにか乗り越え、より結束に向かったクラスだけれど、過酷な状況はこれからも、そしていっそう度合いを増して続いていく。タキオンたちはどうなるのか。悲劇しかないのか、それとも火星での抵抗が火星からの反抗となって、宇宙の地図を塗り替えるようなスケールへと向かうのか。「侵略教師星人ユーマ」のシリーズ2冊で休んでいた、エドワード・スミスのSF心が炸裂した1冊。それだけに続いて欲しいし、続けるべきだけれど、どうなるものか。念じて待とう。

 それにしても、エドワード・スミスとはいったい何者なんだろう? 6フィート3インチもある海兵隊上がりの作家なんだろうか? それも読んでのお楽しみということで。


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