の夜と――

 同じ時間を繰り返しながら、自分と出会いを繰り返す少女がいるような作品だと感じたら、他にも似たような設定の作品が沢山あると思いそうだし、実際にまたかと思って読む前から評価のハードルを少し上げていたところがあった。そして、そんな意識のハードルをあっさりと越えてきたから驚いたし、感じ入った。

 「――ねえ、柴田」(SKYHIGH文庫、720円)の川瀬千紗による新作「満月の夜、君と――」(SKYHIGH文庫、680円)が、そんな驚きをもたらしてくれた作品だ。大学に入って金曜日になると、ダイニングバーでアルバイトのピアノ弾きをしている圭吾という青年がいた。10月になって、いつも来ている深森という女性と知り合って、だんだんと仲を深めていく。

 交流はやがて、深森が暮らす場所にも行くところまで進むけれど、その部屋がマンションから何故かエレベーターを地下に降りた場所にあって、少し奇妙な感じが漂い始める。現実感が薄れていくというか。存在していない階なのに、存在してたどり着けたのはどういうことなんだろう。不思議に思いながらも関係が進んでいた先、深森が奇妙なことを言い出した。

 圭吾は10月になってダイニングバーに来た深森を初めて見かけ、そこで話しかけてだんだんとつきあいを深めていったと信じていた。けれども深森は、初めて会ったのは5月のことだと言った。このズレはなんだろう。圭吾には10月に初めて会ったという覚えしかなかった。

 ただ一方で、深森が話した花火のエピソードについては、友人とそういう話をした記憶が深森絡みでなぜか存在していた。この矛盾はいったいなんだ。浮かぶのは、パラレルワールドを行き来するような少女の姿。時を駆けるというか時空を飛ぶというか。だからまたかと感じた。それが違っていた。そしてその真相は圭吾にとっての幸運と、深森にとっての悲劇を示すものだった。

 そこで浮かび上がるのが、ひとつの命と引き替えに失われる命があって良いのか、といった疑問。あるいはそうではなくて欲しいと願う希望。例えるなら、人魚姫の悲劇にも似たその展開を、認めて良いのかと読みながら強く感じた。感じざるを得なかった。

 とは言え、作者ではない、すでに世に問われた物語を読者が変えることはできない。だったらそこは、優しい作者によって道はちゃんと開かれるに違いない、それを読者は信じて深森と圭吾が出会い、だんだんと近づいていくその関係、かわされる言葉などを噛みしめながら、どこへと向かうかを緊張しながら読むしかない。

 ひとりの青年と、ひとりの女性の馴れそめから恋仲へと至る過程をとりあえずじっくりを味わおう。そしてもたらされる展開、そして結末に対してポジティブ、ネガティブのどちらだったかを考えよう。離別の哀しみ? 再会の喜び? 答えは読んでのお楽しみ。とりあえず、満足させてくれるものだと言っておく。

 どこか定式と化していた、リセットなり時空の移動なりといったシチュエーションをベースにした物語を、ひっくり返すようにした設定を用いて、呼んで驚きとそして感慨をあたえてくれる作品。こんな、優しくて嬉しい物語を紡ぐ作者が出てくるから、エブリスタのような小説投稿サイトはやはり面白い。決して異世界転生ばかりではないのだ。

 願うなら、そうしたバリエーションがこれからも続いて欲しいところ。妖怪物とかミステリ物とか今回のような恋愛物をしっかりと拾い上げ、出してくるSKYHIGH文庫はだから貴重。ここも続いて欲しいものだけれど、果たして未来は。支えるためにも読もう、「満月の夜、君と――」とか、「――ねえ、柴田。」とか、講談社からのリデビューに持って行かれた如月新一「放課後の帰宅部探偵」のような転生・転移でも俺TUEEEでもないネット発の物語たちを。


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