魔術監獄のマリアンヌ

 悪いことをした人が捕まり、閉じ込められるのが監獄だという認識に間違いはない。ただし、悪いこととの定義において認識に違いが出る可能性は十分にある。

 歴史を振り返れば、反抗者を弾圧する独裁者が捕らえて監獄に送り込むのは、独裁者にとって都合の悪いことをした人たちで、そして後の歴史で独裁者こそが悪だったといった評価の逆転は頻繁に起こる。今もどこかで起こっているかもしれない。

 正義とは。そして悪とは。とある監獄に捕まっていたひとりの囚人を軸にして、そんな問いかけを読み終えた時にしてみたくなる物語が、松山剛による「魔術監獄のマリアンヌ」(電撃文庫、630円)だ。

 魔術の力が危険視され、それをふるう魔術師の存在が忌避され、幼いながらも魔術の力を発動させてしまった子供たちが迫害されている世界にあって、魔術の力を使って悪いことをしたとして捕らえられ、ヴァッセルヘルム大監獄に送り込まれた魔術師の囚人たちを監視する刑法官の仕事に、同じ魔術師でもあるマリアンヌ・ユスティルという少女が就いている。

 マリアンヌには7年前に魔術師たちが起こした反乱で両親を奪われた過去があった。さまよっていたところを刑法官をしていた人物に拾われ、育てられて同じ刑法官になった。そのマリアンヌに勅命が下る。魔術師たちの反乱を指導した1人で、王国の魔術騎士団によって反乱が鎮圧された後捕らえられ、処刑されたことになてちたギルロア・バスクという名の魔術師とともに、反乱の指導者だったルイーゼという女性の双子の弟、ロス・レメディオスを探して捕らえろというものだった。

 どうして本当に処刑しなかったのかがまず浮かぶ疑問。全身を鎖で雁字搦めに縛って魔血陣なるもので押さえつけ、目にもマスクをはめて何も見えないようにしてもなお生かし続けているところに、処刑できないだけの理由があったのだろう。普通には殺せないからなのかもしれないし、やはり処刑されたと公表されながら、実は反乱の終結とともに逃亡したロス・レメディオスを捕らえられる唯一の魔術師として利用するする気があったからなのかもしれない。

 だったらどうして7年も獄中につなぎ続けたのか。どうやらギルロア・バスクにはこだわりがあったようで、マリアンヌの前にも何人かと会ってはいたものの、美女としか組まないとうそぶいて、送り込まれたことごとくを気に入らないと断っていた。それがどうして美女というには少し足りないらしいマリアンヌとは契約を結んだのか。そこに新たな疑問が浮かぶ。

 マリアンヌの方も、親の仇に等しいギルロア・バスクと組むことには激しい拒絶の意識があっただろう。けれども世界は魔術師を忌避し、そのひとりであるマリアンヌが生きていくのにも厳しさがつきまとう。刑法官としての仕事をまっとうし、なにより憎いロス・レメディオスを捕らえるためならと、目の前の悪と信じる存在に目をつぶったのかもしれない。

 ともあれペアとなり、ヴァッセルヘルム大監獄を出て、ロス・レメディオスを探して捕らえる任務に出ることになったマリアンヌとギルロア・バスクは、馬車を仕立てて旅をしながらロス・レメディオスの情報を集めて、まずはダライアン・カーソンという反乱軍の残党の存在を知って探そうとする。その過程で発揮される強大すぎるギルロア・バスクの魔術師としての力。なおのこと王国に捕らえられたままでいることが信じられなくなってくる。

 もっとも、同道するうちにマリアンヌと交わした会話からは、軽口は叩くものの反乱を起こして大勢の人々を殺めた凶悪な魔術師といった雰囲気は漂わない。そして旅先で出会ったダライアン・カーソンという人物の言動、立ちふさがるサラ・ガザライアという少女の姿をした魔術師のふるまいから、反乱軍と呼ばれた集団の裏側、あるいは真実といったものが浮かび上がってくる。それは……。

 魔術生命体を無数に生み出して攻撃してくるサラ・ガラザイアを相手にしても、なんら臆することなく圧倒的な力を見せるギルロア・バスクの凄まじいばかりの強さ。そのギルロア・バスクすら追い詰めるロス・レメディオスの強さがそろっていながら反乱軍は世界を滅ぼすことなく鎮圧された。どうして……。

 正義が実は正義ではなく、悪が決して悪とは限らないことは、独裁者が定める悪の悪ではなかったりする過去から、あるいは現在から分かっている。それでも悪は悪だとして断罪されてしまう理不尽が感じられて心に痛みを覚える。そうした理不尽を知ったマリアンヌは、いったいこれからどのような道を歩むのかが、読み終えて浮かぶ思いだろう。

 もうひとつ、強大な魔術の力を持つギルロア・バスクという人物がその身におびたある種の悲哀にも感涙が浮かぶ。読み終えて正しさのために時分は何をすべきかをその身に問いつつ、運命というものを受け入れ突き詰めることの価値も知るだろう。

 ギルロアの妙にフェティッシュな性癖にもいっかりとした意味があたっとは! それは半分は趣味だったかもしれないけれど、知ればマリアンヌも仕方がないと思ったか否か。当人ではないと分からないことかもしれない。まっすぐで優しくて悲しいけれど嬉しさも残る物語。続くようにはなってないけど、それでも復活を願いたくなる。鍵となるとしたらギルロア・バスクが遺した魔術杖の「魔神の鉄槌」だろうか。いろいろと想像を巡らせながら待とう。待ち続けよう。


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