魔法少女試験小隊

 発達し過ぎた科学は魔法と区別がつかないと、長くスリランカに暮らしたSF作家が言っていたけれど、魔法と区別がつかない科学がその後、いったいどれだけ生み出されたかと見渡しても、実はそれほど見つからない。それはやっぱり、科学では越えられない魔法の世界が、あると信じられているからなんだろう。

 コンピュータにしてもバイオテクノロジーにしても、過去から現代へと積み上げられてきた科学の集積の上に成り立っている。普通の人は即答できなくても、専門に学んだ人ならその仕組みをちゃんと答えられる。ブラックボックスになっているところなんて何もない以上、それを魔法と呼ぶのはやっぱり憚られる。

 とはいえ、いつか魔法を見たいという気持ちは誰にだってある。もはや魔法としか呼べない科学の姿を。多分登場には相当かかるだろうけれど、それまでは物語として描かれる、発達しすぎた科学によって生み出された魔法の凄さを、存分に味わうことにしたい。例えばこの物語のように。

 哀川譲の「魔法少女試験小隊」(電撃文庫、630円)は、タイトルに魔法少女とあるから誰もが、魔法を使って変身したり、異能を振るったりする少女たちのストーリーかと思いそう。もっとも、ここでいう魔法とは発達しすぎて科学では説明しづらくなっている技術のこと。少女たちはそんな魔法の産物であるところの一種のパワードスーツ、アウトフィットを身に纏うことで、とてつもない力を発揮して、日常から産業から軍事まで様々な場所で活動している。

 女子だけでなく男子でも纏うことは可能なようで、主人公の戌井春人はそんなアウトフィットを開発する現場でテストアクターとして働いていて、それなりの適性を示していた。ただ、同じテストアクターだった妹に無理をさせ過ぎて壊してしまって、アクターへの道を諦めさせてしまったことが心に引っかかって、今はアクターとしての現場から身を退いていた。

 一方のヒロインともいえるアティリア・ヴィッツレーベンは、ドイツにあってアクターとして優れた能力を発揮していて、今回、とある品物を運ぶためにドイツから日本に渡ることになった。ところが、空港へと向かう途中で何者かが操る赤いアウトフィットに襲撃されてピンチに陥る。

 偶然にもその場を春人も父親とレクサスで走っていて、荷物を持ってアティリアを逃がそうとする彼女の仲間たちから、半ば託される形でいっしょになって逃亡したものの、その先まで追いついてきた赤いアウトフィットを前に、アティリアが手にしていた荷物が開いて作動する。

 それが<オルキヌス>。アウトフィットの中でも真の第三世代といえるものを身にまとってアティリアはとてつもない能力を発揮し、赤いアウトフィットを退ける。そして渡った日本で、同じ学校に入って来たのか入らされたのかはともかく、春人をパートナーにするようにして<オルキヌス>の真の力を目覚めさせる開発に勤しむことになる。

 相当な強さを誇っても、どうやらそれだけではない<オルキヌス>。その開発者の娘と彼女の友人が学校にはいて、<オルキヌス>を横取りしたような形になった春人やアティリアたちとの間に剣呑な空気も漂うけれど、春人の実力を認めて仲間となり、<オルキヌス>の覚醒に挑むことになる。そんな矢先、再び現れた赤いアウトフィットの襲撃を受ける。

 その戦いの過程では、兵器として使われがちなアウトフィットを作り出したこと、それがもたらした悲劇への範囲を示すなら<オルキヌス>を破壊するのが妥当と見るか、それとも別の方法があるのかといった問いかけがあって、春人を、アティリアを、そして読む人を考えさせる。

 魔法のような道具だけれど、使えばそこに夢と希望が広がることもある。使うのは人間。その人間がしっかりと道を過たずに進むことで、兵器でも喜びの道具に変えられるのだと知ろう。

 目先の難題は片づいたようだけれど、話はまだ始まったばかりで、いったいどこまで広がるのか。美少女ばかりの中に珍しく適性を持った男子がひとり、それが身にパワードスーツをまとって戦うという、どこかで聞いたシチュエーションでも、世界が政治から軍事から社会から経済に至るまで設計されているから、美少女たちとのラブコメに溺れて話が進まないということはなさそうだ。

 母親への思いを利用された少女は別にして、未だ不明な本当の敵の正体とか、世界の行方も想像しながら、ようやく始まった<オルキヌス>を巡る少年少女の物語をじっくりと、なるたけ長く味わいたい。


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